今年の夏は猛烈に暑い。人も暑ければ、ペットの犬も暑い。犬は体高が低いので、太陽が出ている間に散歩すると、地熱をまともにくらい、熱中症を起こす危険性が高い。人はどんなに暑くても、呼吸をする位置が鼻や口の高さであることで、まだ救われている。
犬には暑さと戦う上で、もう一つ不利な点がある。汗をかけないことだ。

床に体を密着させるフレンチブルドッグ
■犬の体温低下の特徴
この言い方をすると、獣医皮膚科の先生から「獣医師ならば、正確に話しなさい」と怒られる。汗腺には2つのタイプがある。人のわきの下などに分布し、濃くて臭いのある汗を分泌する「アポクリン汗腺」と、体温を下げるためのさらさらした汗を分泌する「エクリン汗腺」である。犬は後者が発達していないので、足の裏(パッド)などを除いて、汗をかいて体温を低下させることが生理的にできない。
このため、犬は外気温が高い時、地面に穴を掘って熱から逃れ、室内では板の間や玄関タイルなどの床にべったり体を密着させて熱を逃がしている。犬の世話をしたことがある人ならば誰でも知っていることだが、暑い時や走った後などに口から舌を大きく出し、ハアハア小刻みに激しく呼吸をすることで熱を放散する「パンティング(あえぎ呼吸)」は発汗の機能に代わる犬独特の体温低下のための生理的行動といえる。
以上は、犬全般の問題だが、ここに暑さに極端に弱い品種が存在する。ブルドッグ、パグ、シーズーなどの短頭種である。

イヌの副葬品(中国・漢の時代)。立耳、巻尾、顔は短頭種のマスチフに似ている
■呼吸に不利な短頭種
人類にとって犬は、つき合いが2万年に及ぶ最古の家畜である。体重1kgのチワワから100kgのセントバーナードまで、そして、ボルゾイのような極端に鼻の長い長頭種から眼と鼻先の位置がほとんど変わらないブルドッグまで、人が選択交配させた結果として多様な品種が存在するが、これら犬の先祖種はオオカミだ。オオカミの頭部の特徴は柴犬(しばいぬ)などを思い浮かべれば良く、鼻筋がすっきり通っている。
試みに、ぬいぐるみの柴犬の顔をブルドッグの鼻筋にまで圧迫したら何が起こるだろう。鼻道が折れ曲がって空気が通りにくくなり、上顎の奥にある軟口蓋の部分も喉に垂れ下がる。愛らしい短頭種は、呼吸することに著しく不利な犬種となっているのである。

狆(ちん)は日本犬の短頭種。江戸時代には大名が好んで飼育した
中頭種や長頭種と比べ、短頭種はちょっと暑くなると、すぐにパンティングを始める。しかも、鼻道や軟口蓋がつまっているので、ブリブリと騒がしい割に熱交換効率が悪く、パンティング呼吸時の筋肉を動かすエネルギーによって更なる体温上昇が起きてしまう。
■夏は飛行機に乗れない?
飼い主の外出時のクーラーのつけ忘れは、家で留守番をする短頭種が熱中症になる要因となっている。全日本空輸は夏のさ中は短頭種の輸送を停止している。日本航空ではブルドッグとフレンチブルドッグは季節に関わらず塔乗拒否されている。とりわけ肥満犬はさらに分厚い「断熱装置」をまとっているので要注意である。
私も、飼い主にはクーラーを最低温に下げた部屋を用意してくださいと指導している。一緒に寝たら、人には寒すぎて風邪をひいてしまうくらいの温度である。
(帝京科学大学教授 桜井富士朗)
桜井富士朗(さくらい・ふじろう) 1951年生まれ。専門は臨床獣医学、動物看護学。77年、桜井動物病院(東京・江戸川)開設。臨床獣医師としてペットの診療、看護にあたるとともに、大学で人材育成を手掛ける。2008年より現職。共著に「ペットと暮らす行動学と関係学」、監著に「動物看護学・総論」など。日本動物看護学会理事長。
※「生きものがたり」では日本経済新聞土曜夕刊の連載「野のしらべ」(社会面)と連動し、様々な生きものの四季折々の表情や人の暮らしとのかかわりを紹介します。
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