空前の猫ブームといわれる昨今。でも、猫の生活や行動パターンについては、意外と知られていないことが多いようです。人間や犬の行動に当てはめて考えて、まったく違う解釈をしてしまっていることも少なくありません。昔から猫を飼っているから猫の性格や習性を熟知していると思っていても、じつは勘違いしていたということが結構あるようです。そこで、動物行動学の専門医という立場から、猫との暮らしで目の当たりにする行動や習性について、専門的な研究に基づいた猫の真相を解明していきたいと思います。
■昼下がりのうたた寝にはワケがある!
闇夜にキラーン!と光る猫の瞳。夜目がきく猫は、暗闇の中でも目が爛々としていて、いかにも夜の方が活発そうです。実際、一般的に「猫は夜行性」と信じられているようです。しかし、ノクターナル(夜行性)かダイアーナル(昼行性)かといえば、じつのところ猫は夜行性ではなく、クリパスキュラー(薄明性)、つまり夕暮れや早朝の薄暗い状態の時間帯に最も活発に動く動物です。
実験施設で飼育されている猫の行動に関する調査では、日中12時間は電気をつけた状態で、夜間の12時間は電気を消した状態に置かれ、規則正しい時間に餌をもらっている猫は、日中の方が夜間よりも1.4倍も活動性が高いことがわかっているのです(Sterman et al, 1965)。
では、実験施設ではなく、現実社会に生きる猫たちはどうでしょうか。
例えば、農場で放し飼いにされている猫の1日の行動をパーセンテージで表すと、睡眠40%、休息22%、狩り14%、グルーミング15%、移動3%、食事2%、その他4%という調査結果が出ています(Panaman, 1981)。
もちろん、全ての農場猫がこの通りというわけではなく、食事の回数が多い猫はうとうとする(休息の)時間も多くなるといった傾向はあるでしょう(Ruckebusch and Gaujoux, 1976)。でも、おおよそ、これくらいの比率で行動していることがわかっています。
ちなみに、「休息」というのは、うたた寝をしたりして体を休めている状態のことです。見た目には「睡眠」にも見える行動ですが、実際には深い睡眠状態に入っているわけではなく、いざという時にはすぐに動き出せるように、体力を温存しているのです。猫の名誉のために言いますが、ぐーたら寝てばかりいるわけではないんですよ。いざという時の備えなのです。
■夕暮れと明け方が猫本来の活動時間
猫の語源は「寝子」という説がありますが、実際、猫はよく寝る動物です。1日の行動の半分近くにも睡眠に費やしています。では、上記の調査対象となった農場猫はいったい、いつ寝ているのかというと、夜間なのです。夜の間ぐっすり寝て、明け方になるといそいそと動き出します。なぜ明け方かというと、それは鳥などが活動を始める時間帯だからです。
農場で飼われている猫ですから、飼い主さんからごはんをもらいますが、それ以外にも、ネズミなどがいればやはり猫の本能で狩りをしたくなります。もともと猫は、ネズミなどから穀物を守るために家畜化された動物ですから、当然といえば当然ですね。
明け方以外にも、日が沈む頃もやはり夜行性のネズミなどの小動物がよく動く時間帯ですので、猫も活発に動きます。「餌」のある時間帯に「狩り」のため活動するわけです。
農場猫は夜ぐっすり眠る分、昼間はうたた寝をする以外は、起きていることが多いようです。ごはんをもらったり遊んでもらったりと、飼い主さんとコミュニケーションをとるのは飼い主さんが起きている時間帯です。
■猫らしくない暮らし方をする都会の野良猫
一方、都会に住む野良猫はというと、「夜中に活動的であると考えられる」という調査結果があります。都会の暮らしでは、猫にとって昼よりも夜の方が「安全」だからです。車や人通りも少なくなる夜の方が、事故に遭ったり恐い目に遭ったりする可能性が日中より低い(と猫は思う)から、あえて夜出歩くのです。都会は夜でも常にどこかしらで電気がついているので明るいため、動きやすいというのもあるでしょう。
都会の野良猫の主な食事場所は、店舗裏のゴミ箱など。農場猫と同じように明け方動き始める鳥や、夕暮れ時に動き始めるネズミなどを捕ることもありますが、寝る時間帯と起きている時間帯は、農場猫と都会の野良猫とでは真逆なのです。
■猫は飼い主の生活パターンに合わせて生きている
一見、全く行動パターンが違うように感じられる農場猫と都会の野良猫ですが、じつは共通点がひとつあります。それは、人間の行動パターンに合わせている、という点です。農場で人間に守られて生きている猫は人間が寝ている間に寝ることができますが、都会で人間から少し距離を置いて生きている野良猫は、人間が活動している時間帯に寝る、ということです。
ちなみに、自由気ままに暮らしているかのように見える野良猫ですが、イエネコという家畜なわけですから、人とのかかわりが全くない野良でいるのは、非常に不自然な暮らしを強いられているといえます。本来は人間と人間社会の中でともに生きているはずなのに、不自然なことに人間と一定の距離を保ちながら、時には人間や自動車におびえながら、人間を避けて生きているのです。野良猫は本当は自由きままではなく、寂しいのかもしれないですね。
こうした調査結果からも、猫は本当の意味での夜行性とはいえません。実験施設で管理された状態で飼育されているネズミは、電気がついていようがいまいが、夜になると活発に動き始めます。猫と違って、本当に夜行性だからです。
では、飼い猫の夜中の大運動会はどう説明すればいいのでしょうか。
それは、日中、飼い主さんが仕事などで家にいなくて、退屈した猫がお昼寝をたくさんしているからかもしれません。人間だってお昼寝をたくさんしちゃったから、夜はなかなか寝付けない、なんてこと、ありますよね。猫だって同じです。もしかしたら、昼間遊んでもらえなかった分、飼い主さんと遊びたくて、注意を惹くために大暴れしてしまうのかもしれませんよ。
■真夜中の集会って本当にあるの?
でも、夜、野良猫が路地裏を徘徊しているのをよく見ます。猫が夜目がきくのは夜行性だからじゃないの? と問いたくなりますよね。それは、明け方や夕方、まだ暗いうちに動く鳥やネズミなどの獲物がよく見えるように、瞳の奥の網膜に輝板という光を反射させる層があるからです。猫の輝板は人間のそれと比べて、5分の1ほどの少ない光を集めることができるといわれています。光が全くない状態ではさすがに何も見えません。人間より夜目がきく、というだけです。
でもこれは猫に限ったことではありません。多くの動物が、人間よりも多くの光を集めることができる輝板を持っているということなのです。
夜、暗いところで犬や猫の写真を撮ると、目がまん丸な緑の発光体のように写ることがありますよね。あれは、輝板が光を反射している状態です。暗がりでの猫の目のキラーン!の正体は、この輝板なのです。
ところで、よく、真夜中に猫が公園や空き地などの広場に集まって「集会」を開くという話、聞いたことがありますよね。猫の「集会」は、本当にあるのでしょうか? それは必ず夜に行なわれるのでしょうか? もしかしたら、公園などに餌やりさんが人目を忍んでやってくるのが夜で、それを知っている猫たちが「ご飯の時間だ!」と一カ所に集まっているだけかもしれません。
しかし、じつは猫の「集会」に関する研究はされていないため、「なんともいえない」としか答えようがありません。私自身も、残念ながら「集会」を目撃したことはありません。
文/入交眞巳(いりまじり・まみ)
日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)卒業後、米国に学び、ジョージア大学付属獣医教育病院獣医行動科レジデント課程を修了。日本ではただひとり、アメリカ獣医行動学専門医の資格を持つ。北里大学獣医学部講師を経て、現在は日本獣医生命科学大学獣医学部で講師を勤める傍ら、同動物医療センターの行動診療科で診察をしている。