「TNR」と呼ばれる活動をご存じだろうか。無責任な餌やりなど地域でトラブルになることも多い野良猫問題の解決を狙い、捕獲(Trap)して不妊手術(Neuter)後に元の場所に戻し(Return)、緩やかに数を減らそうという取り組み。殺処分に代わる解決策として注目されるが、効果を疑問視する声も根強い。現状と課題を取材した。
山林に囲まれた小高い丘にある久留米競輪場(福岡県久留米市野中町)。周辺の池や公園も合わせると市有地は東京ドーム3・5個分の約16万平方メートルに及び、市民の散歩コースにもなっている。ここで野良猫をめぐる騒動が起きたのは2009年ごろだった。
周辺では捨てられた猫が繁殖し100匹ほどに増加。市競輪事業課によると、餌の放置による衛生面の問題や地域住民からの苦情に加え、猫が競輪場の走路に侵入する事態が起きた。
競輪の自転車は時速70〜80キロに達する。猫が飛び出せば、選手の命に関わる大事故につながりかねない。市は門扉の隙間をふさぐなどの対応を取ったが、侵入は続いた。レース中の侵入こそなかったが、選手会は同年8月、市に安全なレース環境を求めて改善を要望。市は、捕獲して市動物管理センターに持ち込むことを計画したが、「殺処分につながる」と全国から抗議を受けて計画は頓挫した。
その後、職員が引き取ったり、くるめ動物応援団(木村文一代表)など愛護ボランティアが飼い主を探したりして地道に数を減らしたが、13年ごろ、再び野良猫が目立ち始めた。木村代表は無償でTNRを行う公益財団法人どうぶつ基金(兵庫県)を知り、市にTNR実施を提案。市も早急に対策が必要として同基金への支援要請を決めた。
昨年2月、職員とボランティア約30人が5日間かけて野良猫84匹を捕獲し、獣医師が不妊手術を行い、印として片耳をV字形にカットして元の場所に戻した。
TNRの効果が表れるのは数年後。TNRについて環境省はガイドラインで「地域猫活動の基本」として、地域の理解を得た上で実施後もふん尿の処理や、時間と場所を定めて、後片付けなど適切な形での餌やりを求めている。しかし、今回のように不特定多数が訪れる場所では、活動への認知や理解が広がるかといった課題が残る。
木村代表らは、猫に餌をやる人に(1)決まった時間、決まった場所で(2)食べ終えるまで見守り、後片付けをする−など説得を続ける。市もマナーアップのための看板を設置した。
飼い主の自覚も求められる。市保健所によると、競輪場周辺ではTNR実施後に捨て猫が確認された。世話をしてくれることを期待して、愛護ボランティアが活動している場所を狙って捨てる傾向があるという。木村代表は「手術を受けていない猫が流入すればまた増える。1代限りの命を静かに見守り、地域に迷惑を掛ける繁殖力のある野良猫を増やさないための活動を理解してほしい」と話す。
=2016/05/18付 西日本新聞朝刊(筑後版)=