全国で飼われている犬と猫の数は2000万頭弱。人生のパートナーとして大事に育てられるペットが多いが、その医療に関しては、疑問符をつけざるを得ない悪質なカネ儲け主義がまかり通っている――。
あなたのペットに「やってはいけない治療」「飲ませてはいけない薬」 全て自由診療、治療費は「獣医の言い値」
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年間の治療費が150万円!
「12年間、可愛がってきた猫の元気がなくなったので病院に連れて行きました。
血液検査を行って、腎不全と診断されてから週1回の通院生活が始まりました。毎回、色んな薬を出されたり、検査をくり返したりして数万円の支払いを続けた。1年間通ったのですが、看病の甲斐もなく、息を引き取りました。そのあいだにかかった治療費を計算すると150万円にもなっていた。私たち夫婦が充分、半年暮らしていける額ですよ。
でも『可愛い猫ちゃんのためだから』と言われると、カネに糸目をつけたくないという気持ちになってしまって……。老後の大事な生活資金に大きな穴が空いてしまいました」
こう語るのは、上野堅一さん(74歳、仮名)。上野さんのように、ペット可愛さに効果のよくわからない治療に大枚をはたいてしまう飼い主は少なくない。
「飼っているキャバリア犬が散歩に出たがらないので、入院させて様子を見ましょうということになった。点滴代1万6000円、血液検査4万5000円、手術代3万円、その他、入院費など、積もり積もって3日で33万円にもなった。ただし、それが何の手術だったのか、はたして意味があったのか、結局よくわかりませんでした」(鹿取益実さん、67歳・仮名)
空前のペットブームである。ペットフード協会の調査によると全国で飼育されている犬と猫の数は1979万頭(犬が992万頭、猫が987万頭)。少子高齢化、核家族化の影響で、「家族の一員」同様に飼育されるケースが多い。
ペットとの関係性が深まるにしたがって、その医療も高度化している。以前なら、病院に連れて行くこともなく、自然死にいたっていたようなケースでも、少しでもペットの命を永らえたいという思いから検査、投薬、手術するケースが増えている。
1年間の平均診療費は犬が5万7822円、猫が3万5749円(アニコム損害保険株式会社「ペットにかける年間支出調査」)もかかっている。
だが、これだけ大きな額を支払うにもかかわらず、動物への医療行為はその効果が曖昧なものが極めて多い。
ペットの病院を開業するには獣医師の資格が必要だが、獣医師は日本獣医師会に所属している医師と、していない医師がおり、所属していない場合は何の制約もなく、自由気ままに活動することができるのだ。いそべ動物病院の磯部芳郎氏が解説する。
「私たちの業界は、基本的に自由診療ですので、どのような治療をするのか、そしてその治療に対してどれだけの費用を請求するかはそれぞれの獣医に任されています。従って、同じ治療をしても治療代金はクリニックによってばらばらなのです。ここが一番のトラブルの問題でしょう。
飼い主からしてみれば、その獣医がどれほどの技術を持っているのか、ペットに対してどのような気持ちで接する医者なのか、請求書の金額が果たして適正なものなのか、といったことを事前に調べるのがとても難しい」
資格を持っていて、白衣を着ていれば、どんな獣医でも飼い主の目にはそれらしく映る。その獣医から「検査をしましょう」「手術が必要です」「週に1回は来てください」と言われれば、ペットを心配するあまり、黙って従う飼い主が多い。
「同じ獣医として倫理観の欠けた医師が多いと実感しています。一度、獣医になってしまえばよほどのことがない限り、資格を抹消されることはありません。カネ儲け主義の獣医や悪質で動物のことを考えない獣医が開業しているのが現実なのです」(磯部氏)
処置室はブラックボックス
現在、獣医の数は全国で3万5000人。6年間の獣医学教育を受けて、国家試験に合格する獣医は年に約1000人弱。一方で、ペットの数は数年前までは右肩上がりだったが、世話をしきれない高齢者が増えてきたこともあって、今後は減少傾向が見込まれている。
業界の裏側に詳しい獣医の堺英一郎氏が語る。
「今後、ペットの減少は避けられないので動物病院は淘汰されることになる。『動物のお医者さん』に憧れて、資格を取ったはいいものの、動物が好きというだけでは食べられない獣医が出て来ます。勤務医は長時間労働低賃金が常態化しており、開業する場合、資金は最低でも3000万円かかる上に、それに見合う稼ぎが得られるかは未知数です」
このような厳しい状況下を生き抜こうと、カネ儲け主義に走る医者も出てくる。もちろんペットは喋れないので、処置室の中はまさにブラックボックスだ。前出の磯部氏がその典型例を語る。
「うちの病院に犬が運び込まれてきました。少し触診をしただけで、腹部にかなりの腫れがあり、すぐに子宮蓄膿症という子宮内部に膿の溜まる病気だとわかった。至急、手術をして患部を切除しました。
ひどいことに、私の病院に来る前日、その犬は他の病院で診てもらっていたのです。そこでは1日犬を預かって、諸々の検査をした挙げ句、なにも手術をしないで家に帰してしまった。しかも初診料、血液検査代、標本作成代、点滴代、注射代と必要のない検査や薬の代金を請求しており、その額は10万円近かった」
普通の獣医ならば少し触診すればわかるものを、医療費を儲けるために検査だけして、ペットの苦しみには目を背けたのだ。磯部氏の病院でかかった費用は手術費を含めて5万〜6万円だった。
「もし前日の病院で手術をしたら平気で40万〜50万円くらいを請求していたでしょう」(磯部氏)
医療行為の点数が厚労省によって決められている人間の場合と違って、ペットの医療はすべて獣医の言い値。飼い主の足元を見て、青天井の治療費を吹っかけてくる悪徳医が存在するのだ。青山小動物医院院長の青山隆氏が語る。
「動物の診療費については、昔は東京都獣医師会の名前を冠した料金表があって病院に掲げていたのですが、公正取引委員会から一律の診療表ではいけないという指導が入った。それ以来、どのくらいの費用を取るかは院長の考え次第。
たとえば、普通の猫の避妊手術でも、最新のモニターや手術道具を揃えている病院では10万〜20万円も取るところがあります。私の感覚ですと3万〜4万円くらいが普通なのですが……」
では、実際に獣医がやりたがる無駄な投薬や手術の例を見ていこう。最も身近で一般的なのは混合ワクチンだ。都内動物病院の獣医が語る。
「狂犬病のワクチンを接種することは法律で義務付けられています。一方、その他の伝染病対策である5種混合や7種混合のワクチンは、そもそも打つ必要がないと主張する獣医も多い。
とりわけ入院させる際に『ワクチンを打っていないと入院できません』と言って、強制的にワクチンを接種される例がありますが、そもそも打ってすぐに抗体ができるわけではありませんし、医学的に意味がない。
ビタミン剤やサプリメントの類も、儲けに直結する治療ですね。副作用が少ないので安心して打てますし、医者としては気楽なものです。
もっとも、ワクチン接種は他の病院との価格の比較が容易なので、あまり高い値段を取るわけにはいきません。だから、逆にワクチン代は安くしておいて飼い主を囲い込み、他の手術などで値段をふっかける獣医もいるようです」
薬の副作用は人間より激しい
犬特有の寄生虫にフィラリアがある。フィラリアは犬の心臓の右心房や肺動脈に寄生する糸状の虫で、蚊が媒介する。感染すると慢性的な咳が出たり、腹水がたまったりする。しかし、これを予防する薬を飲ませる価値があるかどうかは、微妙なところだ。
「今の日本の都市部で、フィラリアを持った蚊に刺されるということは、まず考えられません。それでも多くの犬がフィラリアの薬を投与されている。フィラリア予防の薬の宣伝をよく見かけますが、獣医や製薬会社が儲けたいだけ。ほぼ存在しない病気を予防しようなんて意味がない。年に1日しか乗らない車に高い保険をかけるようなものです」(前出の磯部氏)
人間の治療でも使用されるが、しばしば副作用が報告される薬にステロイドがある。皮膚病や椎間板ヘルニア、その他さまざまな炎症に使用されるが、その効果に関しては医療界でも大きく意見が分かれるところだ。岸上獣医科病院院長の岸上義弘氏は、ステロイド使用に反対の立場だ。
「犬の椎間板ヘルニアにステロイドを使う獣医は多い。しかし、色々な研究の結果、副作用の大きさが問題視され、あまり使わないほうがいいという議論が盛り上がってきています。
たしかにステロイドには炎症を抑える効果が少しはありますが、長期で使うと感染症になりやすくなったり、骨がもろくなったり、肝臓を傷めたりします。副作用のデメリットを超えるほどの効果が得られないなら、投薬しないほうがいい。ちなみに私の病院では、幹細胞を点滴で静脈に投与して椎間板ヘルニアや脊髄損傷を治療しています。幹細胞はより根本的に脊髄の炎症を鎮めます」
手術となると、ますます獣医の腕が問われることになる。動物病院というブラックボックスでは、人間の病院では考えられないようなことも行われている。
「たとえば、お産が近づいた犬を『帝王切開しなければならない』といって預かった。手術が成功しましたと言って犬を飼い主に戻したら、後からもう一匹生まれた。
どういうことかというと、預かっているうちに自然分娩で子犬が生まれた。そこで、皮膚だけ切ってまた縫い付けて帝王切開したことにした。ところが、まだお腹の中に生まれていない子犬が一匹残っていたんです。本当に帝王切開していれば、そんなことはありえませんよね」(関西にある動物病院の医師)
骨折のプレート手術はNG
骨折した場合のプレート手術はよく行われる。前出の岸上氏が語る。
「現在でも骨折や膝蓋骨脱臼の治療法はプレート法が主流です。傷を大きく開けて板状の金属をねじで骨に当てるのですが、骨折が上手く治らず、プレートの中で骨がだんだんやせ細っていく骨吸収という現象が起こるケースが多い。また、骨折が治ったと思ってプレートを取ったらすぐに再骨折することもある。
本来、骨折したところが治るときには仮骨という新しい骨が作られて、以前より太くなります。その後、数ヵ月を経て、元の太さに戻っていくのですが、プレート手術だと仮骨がうまくできずに骨折の治癒が遅く弱くなるのです。
しかしプレート手術をすれば獣医は高い治療費を取れるし、メーカーはプレートが売れて嬉しい。そういう持ちつ持たれつの関係なのです。可愛そうなのは犬と飼い主です。骨折した箇所を開かず確実に固定するほうが、明らかに自然の摂理に沿った治し方なのですから」
身体の大きさもばらばらの動物相手の場合、麻酔のかけ方だって難しい。
「麻酔が効きすぎて、そのまま目が覚めなかったとか、逆に飼い主から『局所麻酔にしてくれ』と言われてそうしたら、怖がった犬が大暴れして、獣医自身が大怪我をしたなんて話もあります」(前出の関西の獣医)
以上のように「医療ミス」でペットが亡くなっても、「残念ながら病状が悪化しすぎていた」と説明されてそれでおしまいというケースも少なくない。ペットの医療事故は、追及しようにもなかなか難しいのが現状だ。愛犬・愛猫の健康と幸せを守るには、細心の注意が必要である。
「週刊現代」2016年12月10日号より