動物 しっぽニュース
認定NPO法人HOKKAIDOしっぽの会

2018年04月08日

猫の多頭飼育崩壊、苫小牧市内でも相次ぐ 飼い主の生活に支障

Yahoo! JAPAN

家庭内で飼育している猫が過剰に繁殖し、適切に飼育できなくなる多頭飼育崩壊が苫小牧市内で相次いでいる。昨年12月には高齢女性宅で猫が50匹以上に増え、世話ができなくなっている事案が判明。市内のボランティア団体「猫の隠れ里」が緊急的に保護した。3月には17匹を飼う市民が同団体に保護を求めるケースも起きている。千歳市では飼い主側の生活に多大な影響が出ているため福祉の観点から、多頭飼育崩壊を防ぐ取り組みが進んでおり、苫小牧市でも同様の対策が急がれている。

 昨年12月、猫の隠れ里メンバーが訪れた多頭飼育崩壊が起きたアパートの一室。部屋に入ると激しい異臭が鼻をつき、足の踏み場がないほどの乱雑な環境の中に50匹を超える猫がいた。ふん尿や死骸もある中で60代女性が一人暮らし。日常生活を送ることができる環境にはなく、生活も破綻に近い状態だった。

 女性が猫を飼い始めたのは7年前。餌を与えていた野良猫が女性宅に居着き、そのまま交配を繰り返して自然に増えた。餌代などで生活は厳しく光熱費などを滞納し、電気やガス供給が止められることも頻繁にあるという。

 多頭飼育崩壊の現場を数多く見てきた猫の隠れ里の藤田藍代表(37)は「現場は地獄のよう」と厳しい表情で語る。過去には飼い主に捨てられ、置き去りになった猫たちが共食いしながら生き延びている場面にも遭遇。「生態や飼育方法などを知らずに、ただ頭数が増えたから飼えなくなるというのは無責任極まりない」と怒りをぶつける。「手に負えなくなる前の段階で猫も人も救える場面がある。それを見過ごしてしまう社会にも問題がある」と訴える。

 同団体には毎日のように保護依頼が寄せられ、最近は高齢者からの依頼が急増。高齢の飼い主が亡くなり、引き取り先のない多くの猫を保護するケースも出始めている。保護猫のほとんどは避妊手術をしておらず「多頭飼育崩壊になってもおかしくない状況」という。

 他の自治体でも同様の事態が起きている。千歳市では昨年、15匹の猫を飼う高齢男性宅で多頭飼育崩壊が発生。男性は介護サービスや福祉的支援が必要な状態で、地域包括支援センターの職員や訪問介護のヘルパーが頻繁に訪ねていたが、未然に防ぐことはできなかった。

 こうした事態を受け、市内の支援センターが福祉専門職のスタッフを対象に多頭飼育崩壊の予防対策セミナーを3月下旬に初開催。担当者は「これまでは目立った問題が起きるまでは本人任せだった」と説明。「福祉専門職がペットの飼育状況に着目することで早期発見につながり、多頭飼育崩壊を防ぐことにもなる」と述べ、福祉的な観点でも対策を講じる必要性を訴えている。

苫小牧民報



posted by しっぽ@にゅうす at 09:39 | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

愛猫・愛犬の「安楽死」を考える際の必要知識

東洋経済オンライン


家族の一員として、長年楽しい時間をともにしてきたネコとも、いずれお別れする日がかならずやってきます。病気の治療など、できる限りのことをした後にやってくる終末期を迎えて、やせ細った愛ネコが衰弱していく姿を見るのはつらいものです。
『ネコの老いじたく』(SBクリエイティブ)の著者であり、獣医師である壱岐田鶴子さんは、「最期を看取ることは精神的に大きな負担をともないますが、ネコは長年住み慣れた自宅のお気に入りの寝床で、愛する家族や仲間に看取られることを望んでいる」といいます。では実際に最期を迎えるとき・迎えたあとの、飼い主自身の向き合い方を壱岐さんに聞きました。
最期を迎えるネコとの向き合い方
昔から「ネコは死期が近づくと姿を消して、ひっそりとした場所で死んでいく」と言い伝えられてきました。具合が悪くなって外敵から身を守るために、静かな場所でじっとうずくまって体力の回復を待っているうちに、人知れず息絶えてしまうネコが多いからだと思います。


当記事は「週刊女性PRIME」(運営:主婦と生活社)の提供記事です
そのほかに、「ネコには死の概念がなく、体調が悪く苦しい状態を『敵の威嚇』とみなして、その危険から身を隠している」「人に死ぬところを見せたくない」「飼いネコも最期には、クッションの上ではなく冷たい面の上での死を望む」など、その理由もいろいろと推測されています。

いずれにしても、室内のみで暮らすネコが増えている今日、長年一緒に暮らした飼いネコの最期を看取ることができるのは、飼い主にとってもネコにとっても幸せなことといえます。

回復の見込みがまったくなく、苦痛を除去・緩和することも限界に達して、ただ「最期のときを待つのみ」という場合には安楽死という選択もあります。

たとえば、悪性腫瘍や腎不全の末期で、呼吸困難やけいれん発作を繰り返し起こしているような状態であれば、獣医師から安楽死の話があるかもしれません。「1日でも1秒でも長く一緒にいたい」という思いと「苦痛から早く解放してあげたい」という思いの葛藤にさいなまれるかもしれません。すぐに決める必要はありません。

安楽死に対しての見解は、国や宗教はもちろん、個人の倫理的な観点によっても異なってきます。その国の人への医療制度も反映されるでしょう。たとえば、人の安楽死が合法化されている国もあるヨーロッパでは、ペットの安楽死を「非人道的」とはとらえず、痛みや苦しみにさらされながら体がゆっくりと活動を停止していく過程を、少しだけ早く送り出してあげる「穏やかな死」としてとらえ、日本に比べて安楽死が選択されるケースが多いと思います。

安楽死を実際にさせる・させないにかかわらず、後悔しないためにも、安楽死について正しく理解しておくことが大切です。安楽死の手段は動物病院によっても多少の違いがあるので、その手順や自宅への往診は可能かなど、不安に思うことがあればきちんと説明を受けておきましょう。

ネコの「意思」を尊重して飼い主が判断する
通常は獣医師が鎮静効果のある麻酔薬を注射して、ネコは飼い主の腕の中で眠りにつきます。ネコが眠りについたところで、2度目の注射(致死量の麻酔薬を静脈注射)が打たれ、ネコの呼吸が止まり、心臓が停止します。

2度目の注射をするときにはネコは眠っているので、注射されたことにも気づかず、苦痛をともなうことなく、静かに永遠の眠りにつきます。

このときだけは、飼い主が望むなら(可能であれば)、かかりつけの獣医師に自宅に往診してくれるように頼んでもよいでしょう。住み慣れた家で、家族全員で見送ることができます。

安楽死は「世話をすることができない」とか「病気になったネコの痛々しい姿を見たくない」など、決して人側の都合ではなく、ネコの生活の質が保たれているかを基準に判断しなければなりません。ネコがそのネコらしく生きられなくなったときが「安楽死に値する状態」と考えてもよいかもしれません。

しかし頭ではわかっていても、「そのとき」を決めるのは簡単なことではありません。いちばん大切なのは「ネコの心の声」に耳を傾けることだと思います。ネコと心が通じ合った飼い主には、ネコの生きようとする「目の輝き」が失われた瞬間が感じとれるはずです。

最終的にはネコの「意思」を尊重し、家族全員で話し合った上で、ネコのことをいちばんわかっている飼い主のする選択が、ネコにとってもいちばんよい選択なのです。「自然な死」を迎えさせてあげても、安楽死を選んでも、最後までネコに寄り添ってあげることが大切だと思います。そして、「よく頑張った」とネコをほめてあげましょう。

ペットロスの悲しみの乗り越え方
大切な家族の一員であるネコを看取ったり、そうでなくても、なんらかの事情で手放さなければならなくなったとき、喪失感に襲われて、しばらくの間はなにもする気が起きない日が続くかもしれません。

ネコがいなくなってから、小さなネコがどれほど大きな存在であったのかに気づかされます。ネコに対する思いは一人ひとり異なり、そのネコと飼い主との関係は世界に1つしか存在しません。

最愛のペットの喪失(ペットロス)による悲しみの感じ方も一人ひとり違いますが、ネコとの心のきずなが強ければ強いほど、深い悲しみからなかなか立ち直れないこともあります。悲しくてなにも手につかなくなったり、眠れなくなったりすることもあるでしょう。誰かに怒りをぶつけたり、「あのとき、ああしていれば……」などと後悔の念に駆られて、自分のことを責めたりすることもあるでしょう。

しかし、命が尽きるのは誰のせいでもなく、命が尽きる日は(ネコにかぎらず)誰にでもかならずやってきます。

大切な家族の一員がいなくなれば悲しいのは当然です。泣きたいときは思いっきり泣いて、ネコの死を受け入れて、自分なりにネコとしっかりお別れすることが大切だと思います。

見るのがつらければ、しばらくの間は写真や思い出の品をしまっておいてもよいでしょう。あなたがネコと一緒に過ごした楽しい幸せな思い出は、あなたの心の中にしっかりと刻み込まれています。

理解を示してくれない人がいても気にすることはありません。ネコとの思い出を共有する家族や友達と思い出を語り合うのもよいでしょう。あるいは、インターネットのペットロス掲示板で、愛するペットへの想いをつづったり、ペットを亡くした人々の間でいつしか語られるようになった「虹の橋」という詩を読んでみたりすることで、少しは気持ちが楽になるかもしれません。

日を追うごとに悲しい気持ちや後悔の念は薄れ、心にぽっかり空いた穴は、愛ネコとのたくさんの楽しかった思い出が埋めてくれるはずです。たくさんの写真の中からいちばんお気に入りの写真を選んで、愛ネコの写真に向かって「今までありがとう」と言う、やさしくて穏やかな気持ちになれる日がかならずやってきます。そのときは、あなたの最高の笑顔を見せてあげてください。ネコもそれを望んでいるはずです。

(文:壱岐田鶴子)

posted by しっぽ@にゅうす at 09:38 | ペット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もし自分や家族が犬アレルギーを発症したら…?「愛のカタチ」に考えさせられる

Yahoo! JAPAN

犬を飼っている人なら、「愛犬との別れ」は一度は考えたことがあることでしょう。我々人間よりはるかに寿命が短い犬が先に旅立ってしまうことは、ある意味仕方のないことといえます。
 
ですが、そんな哀しい別れの危機が「別のパターン」で訪れたとしたなら、あなたはどうするでしょうか?  

たとえば、愛犬と暮らしているうちに自分や家族が「犬アレルギー」を発症してしまったとしたら……。手放すことができるものなのでしょうか?  

犬アレルギーには、風邪のような症状の軽度なものから、痙攣、呼吸困難を引き起こすほどの重度なものまであると知られています。

「もし自分が犬アレルギーになったら、どうするか」ということは、愛犬のためにも考えておいたほうがいいのかもしれません。
 
ちょっと意地悪な質問かもしれませんが、決してあり得ないわけではないこのお話。いぬのきもち編集室では、137名の飼い主さんに調査を実施しました。 

もし自分や家族が犬アレルギーを発症したら…?「愛のカタチ」に考えさせられる
見つめるヨークシャー・テリア
圧倒的多数を占めた「手放さない!」
もっとも多く見られたのが「絶対に手放さない!」という声です。以下、一部を紹介すると……・「愛する我が子ですよ! !  手放すわけないです!」

・「手放しません。家族ですから」
・「アレルギーの薬を飲んででも飼い続けると思う」
・「すでに家族として迎えているので、手放すことはしないです」
・「私が病院へ行って体質改善します」
・「すぐ病院行って診察して薬を貰う。食べ物に注意する。飼った限りは最後まで何があっても面倒を見るのが当たり前なので。そんなふうに思ったことがありません」
・「どんな病気になっても、絶対手放しはしないと思う」
・「手放したくない。命に関わらない程度なら、服薬しながらでもそばにいたい」
・「寿命以外の別れを考えたことはないです。手放すことはないです」
・「物じゃないので手放しません。気合いで治す! !」

愛犬に対する愛の強さが伝わってきますね。
 
とくに「すでに家族として迎えているから」という回答には、「ペットではなく、家族」という強い意思が感じられます。

そうなんですよね。犬を飼った経験のない人にはわかりにくい感情なのかもしれませんが、ペットとか、もうそういう存在ではないのです。

家族の一員になるって、そんなに簡単なことじゃないんですよね。

「自分が家を出る」などの対策を取るという声も
質問に対し、「対策法」を考えてくださった様子の飼い主さんもいらっしゃいました。・「家族に預けて、私は家を出ます」

・「部屋を別にする等の対策を考え、駄目なら家族に相談して預かってくれる人を探して、費用や散歩などの日常的な世話は続ける」
・「絶対に手放さない。マスクをして接する」
自分が家を出るというのは、かなりの決断のはず。しかし、回答者さん以外の家族のみなさんにとっても、飼われているワンちゃんは家族。
 
愛犬が家を出ることになるなら、自分が出る……そんな強い決意が感じられます。

もし自分や家族が犬アレルギーを発症したら…?「愛のカタチ」に考えさせられる
見つめるダックスフンド
すでにアレルギーを発症していた人も……!
また、中にはすでに「犬アレルギー」を発症されていたという方も! 

・「すでに発症していますが、絶対に手放しません!」
・「飼ってから犬アレルギーになったが、手放せない」
・「最近アレルギーを発症したが、逆にもっと愛おしく感じる。手放すなんて考えられない」

きっと、少なからず葛藤を抱えていらっしゃったに違いありません。そんな状況にも関わらず、意地の悪い質問をしてしまったかもしれないですよね……申し訳ありません(汗)
 
感情的にさせたいというわけではなく、「大切な命と接する中で起こり得る話」として、筆者自身、犬を飼っている身として、一度真面目に考えてみるのも大事だと思ったのです。

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もし自分や家族が犬アレルギーを発症したら…?「愛のカタチ」に考えさせられる
見つめるダックスフンド
「愛犬のことを思うからこそ手放す」という声も……
さて、「手放さない」という声が圧倒的多数を占めた今回の質問。しかし、中には「愛犬のことを思うからこそ新たな里親を探す」と答えた方も見られました。・「可能な対策をすべて行ったうえで、改善が見られなければやむ終えない。大切だからこそ里親を探します」

・「自分自身が発症した場合は手放さないけれど、家族の場合は難しいかな」
・「最期まで看る覚悟で飼い始めたから絶対手放さない。だが、アレルギーが深刻なら信用できる飼い主を探す。自分たちがアレルギーで苦しんでたら、愛犬も嬉しいとは思えないと思うので」
・「手放したくありませんが、もしひどい場合は、信頼できる身内に引き渡したいなと思います」
・「手放したくない。どうにもならない重症なら、身内や友人などで間違いなく可愛がってくれる人を譲渡先に考え(自分も愛犬に会えるから)、まず愛犬と自分と譲渡先の人と、一緒に過ごして少しずつ慣れさせて、それから短時間預けたりして、徐々に譲渡先の環境に愛犬が慣れるようにしてから譲渡したい」


筆者自身、「飼い続けることこそが愛だ」とずっと思っており、上記の方々の回答を拝見するまでは「手放すなんてありえない!」って思っていました。

しかし、「想うからこそ信頼できる里親を探す」「私達が苦しんでる姿を愛犬も見たいとは思っていないはず」などの考え方もあるんですね。
 
その是非については価値観・考え方が分かれるものの、「愛にはいろんなカタチがある」のだと、調査によって知ることができました。

愛犬を知人に譲渡して、後悔した経験がある人も……
今回、筆者は実際に「犬アレルギーが原因で愛犬を手放した経験がある」という女性・Aさん(40代)に話を聞きました。Aさんによると、知人に譲渡して、後悔してしまったのだそう。「私は一人暮らしをしていたとき、小型犬を飼っていました。私自身、ごくごく軽いアレルギー持ちだったのですが、愛犬が与えてくれる癒やしはとてもとても大きかったので、鼻が痒くなったりするのも苦痛じゃなかったんですよね。
 
でも、結婚して子供が生まれると、私が我慢すればいいだけの問題じゃなくなったんです。ある夜、息子が突然夜中に泣き出しました。ひどい喘息と湿疹で……。それで同じマンションに住む知人に譲ることを決めました。部屋の間取りも近いしいつでも会いに行けるし、ちょうどいいと思ったんです。
 
ですが、その決断は正直間違いでした。驚くべきことに、新しい里親となった若い夫婦は、ベランダで飼い始めたんです。愛犬は賢いコで、めったに吠えなかったんでそれでいいと思ったんでしょうか……。もちろん何度も抗議しましたが『今の飼い主は私です』といってなにも聞かず、マンションの管理人さんもとりあってくれず……。
 
その家のベランダは、我が家から見える位置にありました。気になって目をやると、寂しそうな目でこっちを見上げていることもありました……。この一件を通じて、私がいかに犬を誰かに譲るという行為について軽く考えていたのか痛感し、とても反省しました」


実際問題、いつの日か必ず訪れる死別に比べると、経験する確率は圧倒的に低い問題であることは間違いありません。
 
しかしながら、万が一のときのことを考えると、信頼できそうな愛犬家仲間を持っておくことは、大切なことなのかもしれません。

Aさんのつらい経験談から、そんなことも感じたのでした。


『いぬのきもちアンケート vol.13』
取材・文/サモ江戸
※写真はアプリ「まいにちのいぬ・ねこのきもち」にご投稿いただいたものです。
※記事と写真に関連性はありませんので予めご了承ください。

いぬのきもちWeb編集室



posted by しっぽ@にゅうす at 09:36 | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野良犬がいなくなった理由

ネタりか


野良犬の定義
野良犬

野良犬を近年見かけなくなった理由について知る前に、まずは野良犬とはどのような定義を持っているのかについてお話しします。漠然と飼い犬でない犬が野良犬だと考えている人が多いですが、細かく見ていくとあるいくつかの定義に則り、野良犬かそうでないかが判別されています。

まず1つ目に飼い犬として登録がされていない場合です。これは前述したとおり、飼い主がいないことを意味しています。2つ目にワクチン接種を行っていない犬が対象となります。今では犬のワクチン接種は飼い主の義務です。これを行われていない犬は、飼い主がいないことが多いため野良犬として見られることが多いです。

基本的にはこの2点を満たしている犬が野良犬として認識されています。しかし、一方で元々飼い主がおり、飼育放棄から野良犬になってしまった犬も存在します。このように例外も存在することを踏まえておきましょう。

なぜ野良犬が減少傾向にあるのか
座る野良犬

今でも完全に野良犬がいなくなったというわけではありませんが、一昔前と比べると圧倒的に野良犬の数が減少していることがわかります。では、なぜ野良犬はここまで減少したのでしょうか。その理由についていくつかご紹介します。

1.保健所などが積極的に保護
まずは保健所による保護活動が大きな理由の1つです。一昔前までは保健所が野良犬を保護する件数が野良犬の数に対して少なかったため、街中をたくさんの野良犬が徘徊していました。

しかし近年、保健所が飼い主のいない犬を積極的に保護し、飼い主捜しを行っているため、野良犬が一気に減少したと考えられています。新たに野良犬が生まれても、その幾度しっかり保健所が保護してくれるため、最近では見かけることがなくなったのです。

2.1980〜2000年代に殺処分数が多かった
モノクロの犬

上記で保健所が野良犬を保護しているから野良犬が減少傾向にあるという話が出ましたが、元々多かった野良犬がここまで減少したのはなぜでしょうか。

今でこそ少なくなった野良犬ですが、元々は多かったため保健所も手が回らなかった状態であったことは確かです。そこで一昔前に街中を歩いていた犬はどうなってしまったのか、疑問に思いますよね。

1980年代〜2000年代にかけて、保健所で行われた犬の殺処分数が非常に多かったことをご存知でしょうか。このほとんどが野良犬だと考えられているため、殺処分により野良犬の数が減少したものと考えられます。

3.室内飼いの家が増えたから
伸びをしている犬

野良犬が減少した理由は保健所の保護活動だけではありません。野良犬の定義の中でもあったとおり、野良犬の中には飼い犬であったけれど、何らかの事情により飼い主が手放してしまったことにより、野良犬化してしまうケースも多かったのです。

これは一昔前まで室内飼いよりも屋外で飼うという方法が一般的だったためです。意図的に手を離したのではなく、雷の音に驚くなどきっかけがあり、自ら犬が逃げ出してしまい、飼い主と再会できずにそのまま野良犬となってしまうケースも多々ありました。

しかし、現在では室内飼いが一般的となっているため、家から逃げ出してしまう犬が減少しました。これにより飼い犬が野良犬化してしまうケースが減少し、結果野良犬が減少したことに繋がっています。

4.勝手に繁殖してしまう現象が減っている
これは結果論ですが、野良犬が減少したということは、野良犬同士で交配し、新たな命を生んでしまい、野良犬が増加してしまうという現象が抑えられていることも影響しています。

ここまでにもお話ししてきたとおり、一昔前までは野良犬が非常に多く、その野良犬の間で子どもを作ってしまい、さらに野良犬を増やしてしまうと現象が多発していました。

しかし、野良犬自体が減少した今、野良犬間で新しい子どもを作ることがなくなったため、新たな野良犬が生まれる数が一気に減少したのです。この理由により徐々に野良犬の数が減っています。

まとめ
犬を抱っこする女性

今回お話ししたような理由により、近年では野良犬を見ることが少なくなりました。しかし、野良犬がいなくなったからといって殺処分がなくなったわけではありません。悲しいことに現在も飼育を放棄してしまう飼い主がいるため、保健所で引き取られ、殺処分されてしまう犬が後を絶たないのです。

まずは根本的に飼い主が飼い主の自覚を持つ、最後まで責任を持つという基本的なことから正していかなければ、野良犬はいなくなっても殺処分はなくならないのです。


posted by しっぽ@にゅうす at 09:34 | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

犬の整形手術 昔ながらの慣習も

東京新聞


犬種によって尾の長さに違いがあるのは、皆さんご存じかと思います。この長さ、生まれつきのものもあれば、生まれたばかりの頃に人の手によって短くされているものもあるのです。

 昔、農場で飼われていた犬は、牛などの家畜に踏まれないように、狩猟犬は山道で傷付かないように、などの理由から断尾が行われていた、という説があります。

 しかし、現在一般家庭で飼われる犬に対してこの処置を行うメリットは、お尻周りを清潔に保てることと、見た目の標準化以外にはあまり見当たりません。耳の形を変える断耳も美容目的が大きいでしょう。

 もう一つ、子犬が受ける例の多い手術が狼爪(ろうそう)の切除です。後ろ足の一番内側にある指のことで、人間の親指に相当します。生まれながらにして無い犬もいれば、しっかりと骨が形成されていたり、皮膚と爪だけがぶら下がるような形であったり、二重に形成されている犬もいます。

 サークルの格子や床に敷いたすのこなどにこの爪を引っ掛けて、指を割いてしまうことがあります。2番から5番目の爪は散歩の時に地面で削られて長さが保たれるのに対し、地面に接しない場所に生えているため削られません。伸び過ぎた爪が一周巻いて自分の指に刺さることもあります。

 けがの予防として切除する場合がありますが、必ずしなければならないというわけではなく、代替策があるかもしれません。

 美容目的の場合は、これまでに先人が築いた文化があり、一概に否定できない側面があります。

 いずれにしても、手術が行われる場合には、子犬に苦痛や恐怖を与えることのないように配慮されるべきだと思います。

 (後藤千尋=ノア動物病院、獣医師)

posted by しっぽ@にゅうす at 09:32 | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする