動物 しっぽニュース
認定NPO法人HOKKAIDOしっぽの会

2018年06月03日

倉吉の動物保護施設「アミティエ」に新館完成 大人数の見学など可能に

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倉吉の動物保護施設「アミティエ」に新館完成 大人数の見学など可能に
6/2(土) 7:55配信 産経新聞
 鳥取県倉吉市の動物保護施設「人と動物の未来センター・アミティエ」の新館が完成した。「鳥取県動物愛護センター」としての役割を担う施設で、大人数の見学者に対する説明など多目的の使用が可能になった。

 新館は木造平屋建て約180平方メートルで、130人ほどが着席できる集会スペースになっている。見学に訪れた児童・生徒たちに、動物愛護などについて説明するのをはじめ、犬・猫を譲り受けた里親の講習会、隣接のドッグランを併用した犬のしつけ方教室などを開くことにしている。

 アミティエは、公益財団法人動物臨床医学研究所が平成25年、動物愛護活動の拠点として開所。収容動物を管理・譲渡する専門施設が県内になかったため、県と連携して翌年から、殺処分される運命の犬・猫の引き受けを始めた。官民連携で動物愛護に取り組む全国に例のない施設として、今年5月30日までに犬・猫307頭を受け入れ、270頭を里親に譲渡。譲渡率は87・9%で「老衰や病気で死んだ場合以外は譲渡できている」とアミティエ。新館は、さまざまな見学の要望や関連行事などに対応するため、国・県の助成を受けて整備した。

 同研究所の高島一昭所長は「大人数の見学に対応できるようになった。施設を見てもらい、里親も増えてほしい」と話している。


posted by しっぽ@にゅうす at 08:43 | 行政 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

置き去り犬「めぐちゃん事件」愛犬家の漫画家が憤った判決の理由

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<漫画家で小説家でもある折原みとさんは、八ヶ岳で「犬と人が一緒に楽しめるお店が欲しい」とドッグカフェ経営を試みたこともあるほどの愛犬家だ。その経営は5年で破綻するが、金銭的な負荷もさることながら、客の犬が店の前で事故に遭ったことも折原さんの心に大きな影を落とし、閉店を決意する原因になったという。その折原さんが今とても心を痛めていることがある――。>

 最近、ある動物に関する裁判の判決が、愛犬家の心をざわつかせた。ゴールデンレトリバー、めぐちゃんの置き去り事件だ。

 私自身も、先代の「リキ丸」に続き、現在は「こりき」というゴールデンレトリバーを飼っている。小学生のときから「大きくなったら犬を飼う!」という夢を持っていたが、ようやく実現させたのは30代になってからのこと。犬を飼える生活と環境、ひとつの命を守り育てるだけの自信と責任感を持てるまでには、それだけの年月が必要だったのだ。

 現在、犬と暮らして21年目の私にとって、この事件は他人事には思えなかった。

雨の中で置き去りにされた犬
 事の起こりは、2013年6月下旬のことだ。東京・吉祥寺にある公園に、一頭のゴールデンレトリバーが口輪をはめられ、リードで柵につながれていた。犬を保護した主婦Aさんは、警察、保健所、公園事務所に連絡。警察に預けると、保健所での収容期限が切れる数日で殺処分されてしまうことから、自宅で預かることにする。

SNSに飼い主を探す記事を投稿したが、飼い主は現れず。しかも、少し前にも別の場所に置き去りにされていたことがわかった。その時は、飼い主が現れて引き取られたが、再度の置き去り。Aさんは「めぐ」ちゃんと名付けたその子を家族に迎える決心をし、大型犬を飼える住居に引っ越した。が、3ヵ月後の9月中旬、めぐちゃんの「拾得物」としての期限が切れる10日前、元飼い主の女性が現れ、めぐちゃんを「返還してほしい」と申し出たのだという。

報道によると、元飼い主の女性は「犬を捨てたのは、会社の上司でもある交際相手の男性。彼を怒らせると、結婚が破談になり、職も失うと思い、今まで名乗り出ることができなかった」と説明したという。「その男性と別れ、犬を飼えるようになったので返してほしい」という元飼い主の言葉に、Aさんは納得することができなかった。どんな理由があれ、めぐちゃんの遺棄を容認し、3ヵ月も放置していた元飼い主を信頼することができず、めぐちゃんの返還を拒否。あくまで返還を望む元飼い主の訴えにより、めぐちゃんの所有権をめぐる裁判に発展してしまったのだ。

私がこの「めぐちゃん事件」のことを知ったのは、4年ほど前のことだ。ネットで事のあらましを知り、めぐちゃんの返還請求、慰謝料請求に対する署名集めに協力することにした。それがこちらの「【拡散希望】ゴールデンめぐちゃんの裁判に関する署名のお願い」というブログである(https://ameblo.jp/tatoushiiku-sos/entry-12069100049.html)

 ゴールデンは、だいたいにおいて甘えん坊だ。人が大好きで、愛されるために生きているような犬種。うちの「こりき」は、私が出かける時、いつも決まって二階のベランダから悲しそうな顔で見送っている。二度も公園に置き去りにされためぐちゃんは、どれほど心に深い傷を負ったことだろう。

 保護したAさんの SNSの記事によると、雨の日に遺棄されためぐちゃんは雨が降ると落ち着きをなくし、分離不安も強かったそうだ。Aさん家族の元で愛情をいっぱい受け、心の傷が癒えてきたのなら、そのままでいる方がめぐちゃんのためなのではないかと思った。今になって元の飼い主さんに戻したら、めぐちゃんはまた「捨てられた」と思うのではないかと心配だったのだ。

元の飼い主の所有権が勝利
 裁判が継続している間はネット上に経過を公開することはできなかったのだろう。その後、めぐちゃんがどうなったかはわからず、ずっと気になっていた。そして、つい先日、ニュースでようやく裁判の結果を知ることとなった。

判決は、めぐちゃんを保護した主婦、Aさんの敗訴。

 犬を置き去りにしたのは本人ではなく交際相手の男性だったこと。遺失物法が定める期限内に遺失物届を出していたことなどから、東京地裁は「元飼い主が犬の所有権を確定的に放棄したとまでは認められない」と判断。Aさんは控訴したものの、東京高裁も一審判決を支持した。2018年4月下旬、Aさんの元へは、元飼い主の女性からめぐちゃんの返還を求める内容証明が届いているという。

「動物は、法律の上では『物』としか扱われないの?」

この判決には、多くの愛犬家が疑問や憤りを感じたことと思う。私もその一人だ。
めぐちゃんをめぐる関係者の方たちに対して、どちらが「正しい」「悪い」と論じたいわけではない。納得できないのは、この裁判の中で、めぐちゃんが命ある「生き物」ではなく、「物」のように「所有権」を争われたことだ。

 本当に、法律上、動物は「物」でしかないのだろうか? 
 いや、一概にそうとは言えない。「動物愛護管理法」という法律があるはずだ。正式には、「動物の愛護及び管理に関する法律」は、動物愛護(虐待防止、生命尊重)と動物管理(動物により人の生命、身体及び財産に対する侵害を防止すること)を目的としている。

 この法律によると、愛護動物(牛、馬、豚、めん羊、山羊、犬、猫、うさぎ、鶏、家鳩及びアヒル。人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの)をみだりに殺したり傷つけたりした場合は、2年以上の懲役又は200万円以下の罰金。虐待や遺棄した者も、100万円以下の罰金に処されるなど、さまざまな罰則が定められている。

では、どうしてめぐちゃんをめぐる裁判では、前述のような判決が下ったのだろうか。勝浦総合法律事務所の坂本一真弁護士にお話を伺ってみた。

「残念ながら、今回のケースの場合、犬が『物』であることが大前提になっています。元飼い主が遺失物届を出している等の事情から、あくまで所有権は元飼い主にあると認められたことになります。保護した方は、犬を助けようとして拾ったとしても、直ちに所有権を獲得できるわけではないのです」

端的に言うと、めぐちゃんは「遺失物」だから、所有権を持つ元飼い主に返さなければならないということだ。

犬の「虐待」と「所有権」は別問題
 動物愛護の観点が、民法の所有権において考慮されないというのは、動物を家族のように思う人間にとっては納得しにくいことだ。今回の件で何よりも危惧されるのは、14歳という高齢のめぐちゃんにとって、今さら飼い主や環境が変わるのは、精神的にも健康上も悪影響が大きいのではないかということだ。裁判ではその点は考慮されなかったのだろうか? 
「民法上は犬は『物』なので、えんぴつやパソコンと同じで、『環境が変わる』ということは考慮されません。個人的には私も思うところがありますが、民法上は、それで犬が精神的に悪影響を受けるとしても所有権が移ることはありません」(坂本弁護士)

人間の感覚とはずれている冷徹な法律の解釈。それが、めぐちゃん事件に対する判決の理由だった。

 では、これが人間の子どもだったら? 
もしもめぐちゃんが「物」じゃなかったら。 例えば、「人間の子ども」だったとしたらどうなのだろう? この点についても、坂本弁護士に伺ってみた。坂本弁護士は離婚弁護を多く取り扱っている。

「仮に2〜3歳くらいの子どもが放置されていて、児童相談所に保護されていたとします。3カ月後に母親が名乗り出てきたら、原則として『親権』があるのでやはり親元に返されることになります。

 ただし、虐待などの事実が証明され、親権の行使が不適当であることによって子どもの利益を害すると思われるときには、最長2年の『親権停止』や『親権喪失』を申し立てることができます。この申し立てができるのは、子どもの親族、検察官、未成年後見人としての市や区、児童相談所長など。子ども本人も申し立てすることができます」

 だが、自治体の第三者機関が申し立てを行った場合、虐待と認定されるには具体的証拠をかなり集める必要があるし、時間もかかる。人間でも虐待を証明することは簡単でなく、親権はそれほど強いと言える。ただ、救われるのは、大きくなって言葉が話せるようになれば、子ども本人からも申し立てをすることが可能だということだ。

 もしも、めぐちゃんが言葉を話せる人間の子どもだったとしたら、いったい何を望んでいるのだろうか……? 

動物を飼う人間の「覚悟」とは
 以前、我が家の近所に、雨の日でも外につながれっぱなしの犬がいた。近所の犬好きたちが心配して保健所に相談、注意してもらったところ、そのあとはガレージの中で飼うようになった。しかし、今度は真夏の暑い日でもガレージに入れっぱなし。散歩に連れて行っている様子もなく、よく犬の鳴き声が聞こえてくる。再度、保健所や住宅街の管理事務所にパトロールしてもらったが、飼い主が「虐待はしていない、散歩もしている」と主張したため、それ以上どうすることもできなかった。

 しばらくしてその家は引っ越してしまったが、あの犬が元気でいるかどうかは、ずっと心から離れなかった。

動物愛護管理法には、「なにびとも、動物をみだりに殺し、傷つけ、または苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性をよく知った上で適正に取り扱うようにしなければならない」という基本原則が掲げられている。

 しかし、この法律は、まだまだ実際の社会において、大きな効力を発揮しているとは言い難いように思える。「民法」は義務や権利の存否をめぐる法律であるのに対し、「動物愛護管理法」はあくまで国が「こうしましょう」という遵守性の低い法律だからだ。

 動物愛護管理法の基本原則に反して、民法上では動物は「物」扱い。自分の所有物をどう扱おうと所有者の自由だ。

 飼い主は、動物の生殺与奪の権利を持っている。

 しかし、だからこそ、動物を飼う人間は「覚悟」を持たなければならないのだ。「所有物」である動物を一生守り、愛し、幸せにする覚悟。それを持たない人間に、動物を飼う資格はない。

置き去り犬「めぐちゃん事件」愛犬家の漫画家が憤った判決の理由
最初に飼った「リキ丸」を2011年に亡くしたとき、リキ丸は13歳。それでも天寿を全うした幸せな犬と言われた。めぐちゃんは今14歳だ。写真は現在飼っている「こりき」と 写真提供/折原みと
動物には「心」がある
 今回の一件に関しては、元飼い主の女性も、10年近くめぐちゃんと共に生きてきたのだ。交際相手による放置後、しばらく名乗り出ることができなかったのには、やむにやまれぬ事情があったのかもしれない。5年もの間、諦めずに返還を望んでいるのは、めぐちゃんに対する愛情があればこそだと思いたい。保護した側にも、元飼い主にも、それぞれの想いがあるのだ。詳しい事情を知らない第三者が、関係者を責めたり、誹謗中傷するようなことはあってはならない。

 誰がいい、悪いと感情的になるのではなく、この事件をキッカケに、動物の命を預かる責任について、改めて考えることが大事だ。そして、この裁判の理不尽とも思える判決が、法律上の動物に対する扱いを、少しでも見直していくための一歩になってほしいと思う。

 動物は「物」ではない。「命あるもの」だが、それだけではない。

 動物は、「心あるもの」なのだから。

めぐちゃんを保護し、5年間愛情を注いで来たAさんは、未だ引き渡しには応じていないという。だが、いつ強制執行がおこなわれるかわからず、不安に脅える毎日だそうだ。裁判所の判決をくつがえすことはできないが、どうか今からでも、当事者同士で、めぐちゃんにとって一番いい状況を考え、行動してほしい。

ゴールデンレトリバーの寿命からいって、14歳のめぐちゃんに残された時間は、もうあまり長くはないだろう。めぐちゃんが最後まで安心して幸せな一生を全うできるよう……それだけを、心から祈っている。

折原 みと




posted by しっぽ@にゅうす at 08:31 | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

普段の備え 猫にもかかりつけ医を

東京新聞



今回は、猫のもしものときの対処と備えです。いざというときに一番大切なことは、慌てず、落ち着いて行動することだと思います。

 普段からの備えが重要です。かかりつけの動物病院(獣医師)をつくりましょう。獣医師は強力なアドバイザーとなってくれるはずです。病気やけがのときだけではなく、予防も含めて普段から気軽に何でも相談できる関係を築くことが大切です。

 かかりつけ医になることは獣医師側にも、大いにメリットがあります。普段の元気な様子や性格、検査データを知り、飼い主さんとの信頼関係があれば、的確な診療が可能です。

 急な病気で入院や手術が必要になることがあるかもしれません。金銭面で慌てないように、貯金をしたり、ペット保険に加入したりすることもよいでしょう。

 生涯にわたり共に生活できることに越したことはありませんが、何かのきっかけで猫がいなくなることがあります。猫と再会する確率を上げるため、首輪に迷子札を付けておいたり、脱落の心配がないマイクロチップを体内に埋め込んだりする方法が有効です。

 仙台市では動物管理センターや市内ほとんどの動物病院に、チップを読み込むリーダー(読み取り器)があります。こうした施設で保護されると引き渡しが確実になります。

 最後に、いなくなってしまった動物を呼び戻す願掛けで使われる、有名なおまじないを紹介します。

 <たち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む>

 中納言行平の和歌です。紙に書いて、猫の通りそうな場所に貼ってみてください。非科学的ですが、御利益があるかもしれません。

 (伊東則道=獣医師、伊達の街どうぶつ病院院長)


posted by しっぽ@にゅうす at 08:28 | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

保護猫カフェ 飼い主探しや触れ合いを 川越、さいたまの2店

東京新聞



猫に囲まれながらお茶を楽しめる癒やしの空間「猫カフェ」。川越市とさいたま市に二店を構える「ねこかつ」で客を迎えるのは、新たな飼い主を探す保護猫たちだ。代表の梅田達也さん(45)は「捨てられるなど、生きていく場所のなくなった猫を助けてほしい」と呼び掛けている。 (牧野新)

 県などによると、昨年度に県内の施設で殺処分された猫は六百七十二匹。二〇一六年度は八百八十匹に上った。施設に収容された猫は、引き取り手が見つからなかった場合、一定の保護期間を過ぎると殺処分される。

 ねこかつは施設などからの要請や、飼い主が他界し世話をする人がいなくなった猫約百匹を店舗や、梅田さんの知人宅などで保護している。

 さいたま市の店舗では、大きな窓から光が差し込み、木のぬくもりに包まれた中で約二十匹が過ごしている。かみついたり、爪でひっかいたりしない、しつけをされた猫が新たな飼い主を待つ。オープンから二カ月の新店舗だ。

保護猫と触れ合うことができる店内=いずれもさいたま市で

写真
 富士見市の看護師野崎美穂さん(23)は一昨年、繁殖しすぎて家庭で面倒がみられなくなった猫を、川越店から引き取った。「ペット店にいる血統書付きの猫より家族が見つかりにくいと思い、力になりたかった」と振り返る。店で出会った時から人懐こく、今はすっかり家族の一員になった。

 「猫を引き取れない人の来店も歓迎」と梅田さん。猫が人と触れ合うことに慣れ、利用料(三十分税込み六百円)が運営資金になるという。ねこかつは店舗だけでなく、商業施設などで譲渡会も実施。年間約二百匹が新生活を始めている。

 ねこかつの大宮日進店は、さいたま市北区日進町二の八五一の一。問い合わせは=電080(4329)4522。川越店は、川越市新富町一の一七の六。問い合わせは=電070(5029)8392。いずれも営業時間は正午〜午後八時。月曜定休。


posted by しっぽ@にゅうす at 08:27 | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

犬は無条件に人間を愛する!?犬の愛情から学ぶ4つの素敵なこと

ネタりか



犬は無条件に人間を愛する
女性と大型犬見つめ合う

母親が我が子に対して無償の愛を与える・・・といいますよね。また犬や動物の愛は無条件だといいますが、これらの愛とはいったいどういうものなのでしょう。

おそらく犬が飼育放棄や虐待を受け、放置された後でも再び自分を愛する人間を信頼し、人間社会に心開いていくことができるかが重要なのではないでしょうか。

犬が無条件にすべての人間を愛しているという意味ではなく、苦しい時を経ても再び許し、忘れ、愛する能力を持っているということです。

犬が私たちを愛しているかどうかは、私たちに人間にとって“愛とは何か?”が重要なテーマとなります。

無条件の愛、無償の愛とは
犬と男性 深い絆

スピリチュアルな世界で語られる、“無条件の愛”や“無償の愛”とはいったいどのようなものでしょうか。

相手に見返りを求めたり、何かをしてくれるから愛する・・・という条件つきのものではなく、”ありのままを愛する”ということです。

男女の間でありがちな条件つきの愛
プレゼントに囲まれるカップル

人間社会において男女の愛に置き換えることがあります。例えば社会的地位がある人や知名度がある人だから好きになる、というのは条件つきの愛になります。

とかく女性は相手からプレゼントをもらう、誕生日や記念日を忘れずにいてくれる、毎日メールや電話を欠かさないなど、相手の愛を推し量ることに興味があります。

相手に物質的なものや愛されることを期待する気持ち、自分にとって得をする情報やメリットを考えたり、期待したり見返りを求めて愛するということは無償の愛とは程遠いのではないでしょうか。

しかし無条件の愛とは、相手がどのような人物でどんな状況であっても、例え自分を愛していなくても、相手を愛すること。

自分の子どもや動物をただ純粋に育てることは、見返りを期待することなく、限りなく無償の愛に近いといえます。

犬が人間に教えてくれる無条件の愛とは
抱擁しあう女性と犬

1.犬は決して恨まない
私たち人間は生活のために収入を得なければなりません。仕事をするために職場へ通い、親友や仲間、恋人や家族との時間を作ります。長期休みがあれば家族や友人と旅行に行くこともあります。

いくら愛犬を大切にしていても、24時間常に一緒にいるわけには行きませんよね。

愛犬は私たちがなぜ自分を残して去っていくのか・・・、いつ戻ってくるかさえ分からないでしょう。どんなに長い時間待ちわびても、不安や淋しい思いを募らせることがあったとしても、決して人間を恨みません。

犬は私たちが帰宅する時間を嗅覚や体内時計で察し、玄関の前で待ちます。飼い主がドアを開ければ必ずそこにいて、尻尾を振って体中で喜びを表現してくれます。

2犬は飼い主が最優先
人間は常に刺激を求め、新しい情報を得ながら成長していく生物です。
多忙な人間社会において、私たちは多くのモノや景色を見て、関心が広がっていきます。

必要な資格を取るために勉強したり、趣味やスポーツを楽しんだり、トレーニングジムで身体づくりに励むなど、余暇を楽しむことも必要ですね。

そんな多忙な情報社会の中で、犬に与えなければならない愛情と、病気や怪我から守るための小さな注意を見失うことがあります。

愛犬に多くの愛情を与えていても、ほんの一時的なものが私たちの生活の中で優先される時、犬が大好きな散歩に行く時間を後回しにしてしまったりするのは彼らのせいではありませんよね。

しかし、犬はいつでも飼い主が最優先なのです。

3.犬にとって飼い主はいつも最高!
ホームレスと犬

私たちが何かに躓き挫折した時も、職を失って住む家を失くしたとしても、犬は飼い主に寄り添い、癒しを与え、ともに生きてくれます。

日本と比べホームレスが多い海外では、仕事も家もお金もないホームレスと暮らす犬が非常に多く社会問題となっています。住む家がない人々にとって犬はかけがえのない親友であり、無償の愛を捧げたいパートナーなのです。

彼らは最愛の犬に満足な食料やベッドさえ用意してあげることができません。病気や怪我をしても動物病院に連れて行くことさえできないのです。

それでも彼らは寄り添い、屋根のない段ボールの上で汚れた衣服で暖を取り、僅かな食料と飲み水を分け合う唯一無二の深い絆があるのです。

犬にとって人間のお金や地位や名誉などは一切不要で、住む家や柔らかいベッド、食料やおやつを与えてくれなくても、飼い主にはダイアモンド以上の価値を感じているのです。

4.犬の愛情は決して揺るがない
犬は人間に比べて寿命が短い動物です。犬はいつか飼い主より先に旅立ってしまうかもしれませんが、私たちを心から愛しています。

彼らの飼い主への愛情は決して揺るぎません。犬が何を考えているかは有名な生物学者でも真相は分かりません。しかし犬は、自分を愛する以上に私たちを愛しているのです。

これは人間が犬とともに暮らす生活の中で、犬が教えてくれる貴重な教訓なのです。

最後に
犬と人間の手

愛とは簡単に定義できないもので言葉では語りつくせないものですよね。男女の恋愛においても相手に見返りを求めない純粋なカップルもいます。

長い結婚生活の中で、いつしか愛情の形が変わっていくことを私たちは体験しながら愛とはこんなものだと学習して行きます。

しかし、犬は生涯決して揺るぎない愛を私たちに注ぎます。
犬が忠誠心を持てる立派な飼い主になろうとしなくても良いのです。犬を愛しているという純粋な気持ちさえあれば、犬は“ありのまま”を愛してくれるのです。


posted by しっぽ@にゅうす at 03:00 | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする