子犬を迎えた飼い主さんからよく「歯磨きをちゃんとしないと虫歯になりますか?」とか、少し付き始めた歯石を見て「虫歯になってしまいました!」と言われることがあります。そんなとき、私に限らず獣医師は、「犬はほとんど虫歯にならないんですよ」と答えているかと思います。なぜ犬は虫歯になりづらいのでしょうか? 万が一なったときどうすればいいのでしょうか? 今回は犬の虫歯について、バンブーペットクリニック院長の藤間が解説します。
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犬の虫歯とは
我々人間にとってはなじみの深い「虫歯」。虫歯とは、歯が酸で溶かされている状態のことをいいます。同じ歯だと思って「愛犬の歯も虫歯になるのでは?」と心配される飼い主さんが少なくありませんが、犬はほとんど虫歯になりません。実際、臨床現場でもほとんど目にすることはありません。代わりに犬で多いのが歯石の沈着や歯肉炎などです。数えきれないほどの歯科治療を行ってきましたが、「虫歯」に関してはここ10年で数える程度しか治療を行った記憶がありません。
そのため、この記事を作成するに当たって本棚から歯科系の獣医学書や獣医学雑誌を引っ張り出し、虫歯に関する知識を整理しようと思ったのですが、まったく虫歯について触れていない本もあれば、書いてあったとしても1〜2行さらっと書いてあるだけという状況でした。
このことからも、「虫歯」は犬ではあまり気にする必要がないんだと安心していただけたらと思います(他にもっと気にすべき病気があります)。ちなみに猫でも虫歯の報告はほとんどなく、「破歯細胞性吸収病巣(はしさいぼうせいきゅうしゅうびょうそう:ネックリージョン)」と呼ばれる虫歯によく似た状態を見かけることがありますが、それはまた別の話です。
では、どうして犬は虫歯になりづらいのかご説明いたします。
犬が虫歯になりづらい理由
犬が虫歯になりづらい理由は、主に3つ挙げられます。
人の唾液は弱酸性(pH約6.5)であるのに対し、犬の唾液はアルカリ性(pH約8.5)であるため、犬の口の中は虫歯菌が繁殖しづらい環境です。
人の歯は平らで歯と歯の隙間が空いていないので歯垢がたまりやすいのに対し、犬は歯と歯の隙間が広く歯がとがっているため、歯垢が溜まりにくい作りになっています(そのため虫歯になるなら平らな奥歯が多いです)。
虫歯菌は糖質をエサとし、粘り気のあるグルカンを生成して歯にごびりつきます。人は唾液にアミラーゼという消化酵素を含み、口腔内で炭水化物を分解して虫歯菌のエサにもなる糖分を作るのに対し、犬は唾液にアミラーゼを含まないため、口腔内で糖分が作られることはありません。
ハスキー
虫歯になりやすい犬種・年代
前述した通り、犬の虫歯については情報が多くありません。そもそもの症例数が少ないので、子犬だから老犬だからとも言えません。ただ、犬は小型犬でも大型犬でも歯の数が変わりません。口の大きさが違うのに歯の数が同じということは、大型犬より小型犬のほうが歯と歯の間隔が狭くなります。もちろん歯自体の大きさが違いますので「比較すれば」というレベルの話でしかありませんが、大型犬よりは小型犬のほうが虫歯になりやすいかもしれません。
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犬の虫歯の原因
本来虫歯になりづらい犬の口腔環境ですが、体質だったり慢性的に人の食べ物を与えてしまっていたり、糖分の多いおやつを与えたりして虫歯になることもあります。飼い主さんとの過度のスキンシップによって、発症には至らずとも人の虫歯菌が犬に感染している可能性は大いにあり得ます。
犬の口腔内で虫歯菌は繁殖しづらいため、犬から人に虫歯菌がうつる可能性は低いと考えられます。ただ、犬の口腔内には虫歯菌以外にもさまざまな雑菌が存在しますので、やはり過度なスキンシップはおすすめできません。
犬の虫歯の症状
人の虫歯と同じように、酸で歯が溶けて小さなくぼみができるのが犬の虫歯です。そこに色素沈着が起きて黒く見える場合もあります。そのほとんどが上顎の第1後臼歯と呼ばれる、かなり奥の歯の咬合面に発症します。熱心な飼い主さんでないと気づかないでしょうし、かなり協力的な犬でないと獣医師であったとしても見付けることは困難かと思います。
初期ではエナメル質と呼ばれる歯の表面が溶かされているだけですが、末期には歯髄(しずい)と呼ばれる神経や血管が集まっている部分にまで虫歯が到達し、痛みや神経過敏といった症状がみられるようになります。このレベルまで到達しないとなかなか飼い主さんが異変に気付くことは難しいと思います。
固いドライフードを嫌がるようになったり、逆にウェットフードや冷たい水がしみているような素振りをしたりします。歯周病の臭いと区別することはできませんが、口臭を主訴に来院されて我々獣医師が発見するといったパターンがほとんどです。人のように綺麗な歯に虫歯がポツっと存在することも珍しく、無麻酔では歯をじっくり観察することが難しいため、診察時には歯石による歯周病と診断し、麻酔をかけて歯科処置を行ってはじめて虫歯を発見するという場合も少なくないかと思います。末期の虫歯が歯石によって隠されている場合も大いにあるからです。
犬は痛みに強く(悪く言うと鈍感)、虫歯があったくらいでは症状がはっきりと出ず、飼い主さんが気付かずに放置されてしまうのも仕方がないかと思います。
犬
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犬の虫歯に似た病気
犬の場合は、先ほど紹介した猫の吸収病変(破歯細胞性吸収病巣)のように酷似したものはないですが、歯の溝にできる黒い色素沈着を飼い主さんが虫歯と勘違いすることは多いです。歯石で黒く見えていた場合は歯科処置で除去できますが、色素沈着の場合は取れないこともあるので特に処置をする必要はないです。人でいうホワイトニングの範ちゅうで、治療ではなく美容です。
犬の虫歯の検査・診断法
診断は目で見て判断するしかありません。虫歯であると確定診断をするためには菌の培養や抜いた歯を病理検査に出す必要がありますが、何より歯が溶けているのでその処置が優先であり、診断することを優先する必要はあまりないかと思います。
犬の虫歯の治療法
初期に見つかった場合は人間と同じように患部を削り詰め物をします。ですが先述したように発見は末期になってからが多いです。その場合、当院では抜歯をおすすめしていますが、全身麻酔をかけて処置する必要があります。
人と同じように歯髄治療(俗に言う神経を抜く処置)を行うこともできますが、歯髄がなくなって死んだ状態の歯はもろくなっており、ただでさえ噛む力の強い犬が遠慮なく固いものを噛んでしまったりするせいで、せっかく治療した歯がかけて折れてしまったり、詰め物が取れてしまったりと再び麻酔をかけて処置をしなければならなくなることも少なくありません。
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犬の虫歯の予後
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犬の虫歯も人と同様に放置していれば悪化していきます。患部から菌が全身に周り、臓器に悪影響を与える場合もあるので、早めに処置をしましょう。最悪の場合は歯周病と同じように周囲の顎の骨まで溶かしていき、顎の骨が病的に骨折することもあるでしょう。
処置内容によって予後も変わってきますが、抜いてしまえば歯そのものがなくなるので今後その歯に関して何かが起こることはありません。人の場合、若くして歯を抜いてしまうとその後うん十年の人生に影響を与えてしまう可能性がありますので、愛犬も同様に考えてしまう方が少なくありません。しかし、残念ながら犬の寿命は人に比べて短いので、抜歯をして数年でそのことが何か悪影響を及ぼすということは考えづらいです。
また、人の場合は抜かずに処置した歯に何かトラブルが生じたとしても全身麻酔をせずに処置をすることができますが、犬の場合は全身麻酔をかけなければなりません。「ドライフードを食べられなくなってしまうのではないか?」と心配される方も多いですが、人と違ってよく噛んで食べる習慣と必要のない犬では、ドライフードなんて歯の有無に関係なくほぼ丸飲みです。むしろ痛みから解放されてよく食べてくれるようになる子がほとんどです。
それでも歯を残してあげたいという思いも良く分かりますので、歯髄治療という選択を否定しません。特にトラブルがなければ予後は良好といえるでしょう。ただし、ただ抜歯するよりもかなり高額になりますし、詰め物が取れてしまったり、治療した部位から感染を起こしてしまったりする可能性もゼロではありません。メリット、デメリットをよく獣医師と相談し、その子に最適な処置をお選びになってください。
犬の虫歯の予防法
犬にとって虫歯は通常ならならないものですので、過度に人の食べ物をやおやつを与えないことが一番の予防といえます。ただ、それは虫歯予防に限ったことではなく、愛犬の健康のためにしていただきたいことです。歯磨きやデンタルガムを与えることも、虫歯の予防、歯の健康のために有効といえるでしょう。
犬の虫歯に良い食事・サプリメント
基本的にはドライフードの方が食べかすが口腔内に残りづらいのでおすすめです。口腔環境を整えてくれる経口サプリメントや塗布するタイプのものもありますが、何度も言うように犬で虫歯は少ないので、私の知っている限りそれらは虫歯に特化して作られているわけではありません。虫歯に対する効果は何とも言えませんが、歯周病予防の観点からは与えて損はないはずです。
虫歯に限らず、愛犬の歯のトラブルに注意を
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繰り返しになりますが、犬の虫歯は本当にレアです。虫歯だけに限っていえば、基本的にはあまり気にしなくて問題ありません。しかし、犬で3歳以下の子の8割は歯周病を患っているというデータが示す通り、虫歯以外の歯のトラブルは多いので、歯のことを気にしてあげることはとても重要です。
最後に、ペットサロンで無麻酔の処置が行われることがありますが危険です。エナメル質を傷つけて、逆に歯周トラブルを招く原因となってしまいます。これは単なる想像ですが、もしかすると虫歯にもなりやすくなってしまうかもしれません。口の中を触られることが嫌になってしまい自宅でのケアができなくなってしまう場合もあります。歯磨き指導を行っている獣医師に相談して、正しい口腔ケアを行ってください。