文/柿川鮎子
ペットと暮らす幸せは何にも代えがたいものがあります。ある人は「犬や猫や小鳥がいない天国は、天国ではない」と言いました。こんなに大好きなのに、いつか、死を受け入れなければならない日が来るなんて、考えたくもありませんね。でも、ペットが死ぬ確率は100%で、どうしたって避けられない。避けられないのであれば、できるだけ、ペットが楽に死を迎えられるようにしてあげたいと、飼い主ならだれもが思います。
自分がいなくなった後が心配…。知っておきたい「愛するペット」の上手な遺し方
人間は「終活」が話題になり、色々と情報が得られるようになってきました。ペットに関してはまだそこまで進んでいません。今回はひびき動物病院院長岡田響さんに、ペットの終活について、アドバイスしていただきます。
ペットの死、その時あなたは? 獣医が提案する幸せな旅立ち
診察室で、ある日突然、つきつけられてしまう死も多い
■「もしもの時」をシミュレートする
岡田さんによると、「死生観、という言葉はありますが、ヒトでも自分のことですら人生の折り返し地点くらいまではあまり考えることがないと思うのです。とくに普段、元気なペットと暮らす元気な人は、ペットが死んでしまうことなんて考えもしないことではないでしょうか?」。
「ですから、突然ペットの死と向き合うようになることも少なくありません。そして、そういう時は大切なペットのためにどうしたらよいのか、判断が難しくなってしまう場合もたくさんあります。ここで、具体例を紹介します。飼い主さんはあなた自身と考えて、その時あなたはどうするかを一緒に考えて欲しいのです」。
■STEP1:死に直面する衝撃
診察室でよくある事例
「このところ、全然食べなくなってしまって、なんだかちょっとおかしいみたいなんだけど、年取ると風邪になりやすいのかしら?」と、飼い主さんは気軽に来院しましたが、獣医師は嫌な予感を伝えて検査をすすめます。その結果、お腹の中に腫瘍があることが分かりました。
「やっぱり軽い風邪ではありませんでした。しっかり聞いて下さいね。お腹の中に悪性を疑う腫瘍があって、それでだんだん調子が悪くなっていたんじゃないかと思われます。少し進んでしまって大きくなっています。問題はそこから出血してしまってひどく貧血していることです」
「それは注射とかでよくなるんですか?」
「今ね、お腹の中で大量出血していて、出血を止めないととても危険です」
「え?うちの子、死んでしまうんですか?」
「何もしなければその可能性が高いです。数日のうちという可能性もあります」
「そんな、急に、どうすればいいのですか?」
「外科手術などの治療が必要です」
「手術すれば治りますか?」
「体力的にはギリギリな状況です。手術はリスクがつきものですが、年齢とできている場所から、危険度は高い方です」
「え?手術しても死んでしまうのですか?」
「いままで手術をやると決めて助かった子が9割ですが、そうはいっても最善をつくしても死亡する可能性があります。ガンの可能性は50%です。手術を乗り越え、病気が悪くないものの場合は、半年以上の生存期間が見込めます。しかし、ガンであった場合は、手術を乗り越えても数か月で亡くなる可能性があります」
気軽に、病院に連れて行ったのに、腫瘍が見つかって飼い主さんは衝撃を受け、ショックと自責の念で混乱し、正常な思考回路ではありません。
岡田さんによると、「長い間、介護の末に亡くなるペットも増えてきましたが、ほとんどの飼い主さんにとって、死は覚悟の末に訪れるものではなく、突然やってきます。心に余裕はなく、激しく混乱するのは当然のこと。落ち着くまで、時間が必要なことは多いです」と言います。
■STEP2:死を受け入れる
突然で避けられない死を突き付けられた後、飼い主さんはどうしたらよいのでしょう。まずは、死を受け入れ、次にペットの苦痛を取り除くためにどう対応するか、決めなければなりません。
最近は高度医療が発達して、人と同じような医療サービスを受けられる時代になりました。昔はできなかった治療が、今はできるようになっています。飼い主さんにとっては様々な選択肢が出てきて、いろいろな局面で決断を迫られるようになりました。
岡田さんによると、「治療のリスクは避けて通れませんが、飼い主さんの希望に沿って、最善の道を提案するようにしています。もし、病と徹底的に向き合いたいと言われたら、もちろん私もいっしょに戦います。最新技術など、二次診療と呼ばれる高度医療を望まれる場合は、そうした病院を紹介します」。
「高度医療サービスを受ける場合は、経済的負担なども含めて一緒に相談しながら、治療をしていきます。飼い主さんによっては、無理せず緩和ケアを望まれる方も増えており、そうしたケースでは、生活の質を落とさず、往診中心で、できるだけ家でできることをやっていきます」と言います。
■ペットの最善の死とは何か
どの道を行く時も、一番に考えるのは、『ペットにとっての最善の方法は何か』、だと岡田さんは言います。ペットにとって一番良い道、一番の幸せは、一緒に暮らしている飼い主さんが一番よく知っています。ですから、飼い主さんが選択する方法は、ほとんどの場合、ペットにとっても最善の方法でした。
「私達、ホームドクターは飼い主さんといっしょに、ペットが幸せに旅立つ準備を考えます。『亡くなったけど手術をしてよかった』あるいは『亡くなったけど、手術をしないでよかった』と思えるようにしていきます。できるだけ納得した上での死への旅立ちで、死後、飼い主さんの悲しみが少なくなる方法を探ります。信頼できる獣医さんと、日ごろからいろいろコミュニケーションをとっておくことも、大事な終活のひとつと言えるかもしれません」と岡田さん。
■ペットロスも学術的に分析されている
ペットの死は辛く、悲しく、自分の伴侶や子供など人の家族を亡くすのと同じか、それ以上の苦しみです。
無条件にすべてを受け入れてくれたペットを亡くした後、飼い主さんは自分が選んできた決断に対する後悔の念が湧いてきて、自責の念で苦しさが増してしまいます。米国ではペットロスの研究が進んでいますが、こうした罪悪感が死後に発生する時期があることが、研究により明らかになっています。
これまでぼんやりとしか考えていなかった、ペットの死。最後に、今回、会話を再現させて頂いた飼い主さん宅のペットは、虹の橋を渡ってしまいました。虹のふもとで遊びながら、飼い主さんと再び会う日を、心待ちにしているに違いありません。
取材協力/岡田響さん(ひびき動物病院院長)
神奈川県横浜市磯子区洋光台6丁目2−17 南洋光ビル1F
電話:045-832-0390
文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。
写真/木村圭司