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岩田健太郎 Dr.イワケンの「感染症のリアル」
前回は「死なないけど、つらい」帯状疱疹(ほうしん)を紹介しました。今回は「死んでしまう、とにかく死んでしまう」感染症を紹介します。
その感染症とは「狂犬病」。「狂犬病? そんな病気は聞いたことない。それって昔の病気じゃないの?」。そんな声も聞こえてきそうです。
とんでもない。そもそも、動物由来の感染症は撲滅が極めて困難なのです。犬を始め、多くの哺乳類から感染する狂犬病は今も世界のたくさんの地域で流行しています。 世界保健機関(WHO)が示す狂犬病のマップを見ると、アフリカやアジアの多くの地域、あとブラジルなど南米などでも流行していることが分かります。実はこれ、「犬から感染する」狂犬病に限定した地図なのです。例えば、アメリカ合衆国では犬から狂犬病は感染しませんが、コウモリからは感染することが知られていて、毎年、患者が発生しています 。
「狂犬病」と名前がついていても、感染できる動物は(犬以外にも)もっとたくさんいるってことです。アメリカのような先進国でも狂犬病が発生しているというのは驚きですね。アライグマ、スカンク、コヨーテ、キツネなんかも狂犬病ウイルスを伝播(でんぱ)させます。
ウイルスが脳を破壊 世界で毎年5万人以上死亡
狂犬病ウイルスは、動物が人間をかむことで感染します。一回感染すると、ウイルスは神経を伝って脳に上がり、ここで脳を破壊してしまいます。暴れだす患者。逆に動かなくなってしまう患者。患者の症状は様々ですが、分かっていることは一つ。いったん狂犬病を発症したら、患者の死亡率はほぼ100%だってことです。世界では、毎年5万人以上の方が狂犬病のために命を落としています。
幸い、日本では動物の予防接種の普及などで狂犬病ウイルスは存在しません。しかし、21世紀になって、国外で動物曝露(ばくろ)を受けた方が日本で狂犬病を発症した事例が2件あります。ただ、狂犬病を発症した人から別の人に狂犬病ウイルスが感染することは、ほとんどありません。
とにかく、海外ではまだまだたくさんの国で狂犬病が発生しており、とくに無造作に犬に近づく小さな子供で、このような被害が起きやすいのです。
流行地に行く前にトラベルクリニックで予防接種を
というわけで、海外渡航をする皆さん。狂犬病流行地に赴くときには、必ず予防接種を受けていってください。日本にもトラベルクリニックがありますが、こういう場所で渡航前予防接種を提供しています。神戸大学病院感染症内科では、1か月間に3回の筋肉内注射での狂犬病予防接種を推奨しています(接種方法はいろいろあります)。注意一秒 怪我(けが) 一生。狂犬病の予防をちゃんとしておけば、死に至る病を防ぐことができるのです。ところで、故・立川談志は「あれは、注意一生 怪我一秒が正しいんだ」と言っていました。どっちが正しいのかなー。
(参考)日本旅行医学会のホームページ
http://jstm.gr.jp/infection/%E7%8B%82%E7%8A%AC%E7%97%85/
各地のトラベルクリニックのリストは 日本渡航医学会ホームページ からも閲覧できます。
このリストに載っていない医療機関でも予防接種を提供しているところはあります。神戸市だと 中央市民病院 や 海星病院 が有名です。いろいろ調べてみてください。
予防接種を受けずにかまれたら、免疫グロブリンやワクチンで曝露後予防
万が一、予防接種を受けずに海外に行き、犬にかまれたとしても、そこで絶望する必要はありません。曝露後予防と言って、狂犬病の免疫グロブリンやワクチンを注射して、発症を防ぐことができます。ただ、この場合ワクチンの接種回数はとても多くなります(いくつかの方法があるのですが、少なくとも4回)。
あと、日本国内では狂犬病免疫グロブリンは入手できません。曝露後予防はできるだけ急いだほうが良いこともあり、海外のクリニックで免疫グロブリンと曝露後予防接種を受けることが必要なときもあります。ぼくは2003年から04年まで北京の国際クリニックで診療していましたが、中国内外で犬にかまれた、という電話連絡を受けてクリニックに搬送してもらった赤ちゃんなどに免疫グロブリンやワクチンを注射していました。
予防接種を受けていても、かまれたら追加接種が必要
事前に予防接種を受けていても、やはり犬にかまれたときは追加の予防接種が必要です。でも、その回数は2回だけですし、免疫グロブリン注射は要りません。ということは、日本に帰国してから対応することも十分にできるってことです。
海外に留学したり、駐在したりする人の健康維持は大切です。旅行保険が重要なのはよく知られていますが、事前の予防接種については割とノーガードです。学校の保健センター医師や産業医なども十分に推奨していない場合もあるようです。もう一度言っておきますが、狂犬病は発症したらそこでおしまいです。「保険」としての予防接種、しっかり準備してから現地に赴きましょう。
ウイルスが脳を破壊…発症したら死亡率100% 「狂犬病」昔の病気ではありません
岩田健太郎
岩田健太郎(いわた・けんたろう)
神戸大学教授
1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。