Yahoo! JAPAN国際レベルの獣医学教育を
犬猫などのペットや牛、ブタなどの産業動物を診る「動物のお医者さん」に憧れる若者は多い。獣医師を育てる大学の人気と倍率は高止まりしている。獣医大では、どのような教育が行われているのだろうか。動物を扱う実習としては、体の反応を学んだり、手術や診療の練習をしたりする目的でマウス、犬などの実験動物を使うものと、病気のペットと産業動物を診る臨床実習がある。最近は動物福祉を重視する国際潮流の中で、実験動物の代わりに技能習得用の動物モデル(模型)などを使った上で、臨床実習に力を入れる動きが出てきている。先進的な2つの大学を訪ねた。
〔写真特集〕愛嬌たっぷり、癒やしの動物ワールド
山口大学共同獣医学部(山口市)は現在、共通のカリキュラムを持つ鹿児島大(鹿児島市)と共に国際的な評価を得るため、欧州の獣医学教育評価機関「EAEVE」の認証取得を目指している。
EAEVEはカリキュラム、設備など13項目を審査するが、「最も重視するのは動物福祉に配慮して教育を行っているかという点」(佐藤晃一学部長)。つまり、大学が工夫して実験動物の生態、習性などを考慮した飼育環境を整えているか、実験動物を傷付ける実習をしない、動物実験福祉の国際原則である3R(代替法の利用、使用数の削減、苦痛の軽減)を守っているか、さらに動物福祉について学生にきちんと教えているか―といった点がチェックされる。6月にEAEVEの最終視察があり、11月に結果が出る見通しだ。
動物実験福祉の向上を目指し、山口大は2018年7月、実験動物を飼育する「先端実験動物学研究施設」について、国際的な第三者認証機関「AAALACインターナショナル」の認証も取得した。
動物を傷つけない実習へ 先進的な獣医大2校を訪ねて
人工授精や妊娠判定の練習をする牛(左)と馬のモデル=山口大
クラウドファンディングで動物モデル購入
共同獣医学部は、2016〜21年度の計画で侵襲性(危害、損傷を与えること)の高い動物の実習を原則行わない目標を掲げており、動物モデルなどで自習・学習する「クリニカル・スキルラボ」を開設。
実験動物の代わりとなる、臓器の動きを見たり、注射、麻酔などの練習をしたりする精巧なモデルは高額なため、山口大は18年1〜3月、インターネットで寄付を募るクラウドファンディングを行い、180人から総額約470万円を集め、動物モデルを購入することができた。
等身大の馬モデルは筋肉内注射、採血の練習の他、子宮、卵巣などを触って妊娠の状態を学べる。盲腸、結腸、脾臓(ひぞう)などの臓器も入っている。ほとんどの臓器はシリコンでできている。
佐々木直樹教授(大動物臨床学)は「血管を拍動させたり、盲腸を膨らませてガスがたまった状態などを触りながら学んだり、腹部疾患による腹水の採取を練習したりもできる」と説明。足には骨が入っており、レントゲン撮影も可能だ。「本物の馬で撮影すると馬が怖がりますが、模型だと何度も練習することができます」
牛モデルは人工授精の方法や妊娠の判定法を学べる他、50キロの胎児モデルを使って難産の様子を再現し、分娩の介助を練習できる。
犬モデルは、吸入麻酔ガスが確実に気管に入るように練習する気管挿管モデル、心肺蘇生モデル、採血・点滴の練習をする血管シミュレーター、胃と十二指腸の内視鏡操作を練習するものがある。牛と馬はカナダ製、犬は米国製で主にシリコンでできている。
◇課題はマウス、ラット、カエルの代替
これらのモデルが一通りそろった18年秋、佐々木教授は「学生は動物モデルで十分に練習して、5年生の前期に(獣医師に必要な一定の知識技能水準を見る)共用試験に臨みました。30人全員が合格したので、後期は県農業共済組合などの農場で牛を実際に触って学びます」と話した。
犬、牛、馬のモデルは用意できた。ただし薬理学、生理学、実験動物学の実習では、今もマウス、ラット、カエルを使い続けている。佐藤学部長は「以前は年間200〜300匹ぐらい使っていましたが、今は半分程度まで減らしました。今後はマウス、ラットについてもモデルを購入し、教育効果を検証して、本物を全く使わないでいいのか、担当教員と相談しながら考えていきます」としている。
飼い主からの「献体」求める
一方、EAEVE認証で求められるのが「犬、鶏、牛、馬、ブタの主要5種類の動物の解剖」(佐藤学部長)という。そのため鶏、牛、馬、ブタについては病気、発育不良、骨折などで産業動物として使えない動物を解剖している。
犬は実験動物の関連業者から購入した死骸を使っているが、「できれば死骸ではなく、亡くなったペットを飼い主さんから譲っていただきたい」と佐藤学部長。そこで17年度から死んだ飼い犬の提供をお願いする「山口大学教育メモリアルプログラム」を始めた。
協力を依頼するパンフレットには「医学部が教育のために人間のご遺体を使うように、獣医学部では病理解剖を学習するために動物のご献体を使います」などと記されている。
現段階では飼い主からの「献体」は、「なかなか難しい。欧米ではすぐに集まりますが、日本では進みません。なぜ献体が必要なのかについて、一般の人の理解を少しずつ得ていきたい」(佐藤学部長)。
◇臨床実習を強化し、実践力を
このように同大は、侵襲的な実習は模型などに置き換えつつ、並行して臨床実習に力を入れ始めている。2017年度から全国の獣医大で導入された参加型臨床実習では、共用試験に合格した学生が「スチューデントドクター」として、教員指導の下で飼い主のいる動物の身体検査、投薬、採血、超音波検査などに携わる。今までの見学中心の学習を大幅に見直し、実践力を養うことに重きを置いている。さらに山口大は同年度から、県内で一定の実績がある民間の動物病院で学生が臨床経験を積む実習も始めた。
16年度には山口県と協定を結び、愛護団体から依頼された保護猫に、教員に教わりながら不妊去勢手術を施す実習を開始。また今年からスタートした学生の自主的な活動「山大にゃんこ大作戦」では、学生がキャンパス内にいる猫の個体数や生態を調査している。いずれは不妊去勢手術を施す予定で、保護動物の健康管理、譲渡の進め方などを学ぶシェルター・メディシン教育も視野に入れている。
参加型臨床実習を見学
参加型臨床については、2017年秋にスタートした北里大学獣医学部(青森県十和田市)で見学させてもらった。
参加型臨床実習は医学・歯学部などでは05年度に導入済み。獣医大の臨床実習で許される行為は、農林水産省の例示に沿った各大学のガイドラインに基づき、飼い主の同意を得た上、侵襲性がそれほど高くないもので、教員が監督することが条件になっている。
農水省によると、診療行為は侵襲の程度により3つの水準に分類。水準1の診察では、問診、視診、触診、聴診。検査では心電図、脳波、超音波、採血や尿の採取。治療では包帯の交換、皮膚の消毒、外用薬の塗布、抜糸、止血、手術の助手など。水準2では、鎮静・麻酔の補助、内視鏡検査、歯石の除去、静脈注射。水準3は「1、2以外の行為」とされている。
北里大付属動物病院の岡野昇三院長は診療行為について、「現時点では聴診、超音波検査、麻酔の手伝いなどをさせています。学生の技量次第ですが、犬にストレスをかけない程度の採血、注射、皮膚の縫合などが考えられます」と話した。
大動物の実習では、約20人の学生が感染症で顎が腫れている農家の牛の状態を見ていた。渡辺大作教授(大動物臨床学)は、どのような病気や処置が考えられるのか、学生に考えさせながらレントゲン・超音波検査をしたり、患部を触らせたりしていた。
この日が大動物の臨床実習2日目という男子学生は「きのうは骨折した牛のギブスを電動カッターで切って交換したり、鎮痛薬を注射したりした。大動物の獣医師になりたいので、とても勉強になりました」と満足げ。他の学生も「きょうは、硬くなった患部に触れたので感触が分かった。先生と一緒に診断していくのも良かったです」と評価した。渡辺教授は「テーピング、筋肉注射、静脈注射などは安全性に問題がない範囲で、学生に考えさせながらできる限りやらせようと思っています」と説明した。
臨床実習の意義を知ってもらう
どこまで学生に診療をさせられるのか。岡野院長は「悩みながらやっています。牛は産業動物ということもあり、飼い主さんは寛容ですが、ペットの飼い主さんの中には『学生に触らせるのは嫌』という人もいます。付属動物病院には症状が重いペットも多い。経験のない学生に何ができるか思案中です」と語った。
獣医学教育全体の底上げについて岡野院長は「参加型臨床実習について一般の人にも広く知ってもらうことが必要。また医学部では国家試験合格後に2年以上の臨床研修制度が必修となっており、獣医大も将来的には研修制度を導入するべきだと思います」とも述べた。
今までの臨床実習が「動物に触ることもできなかった」(岡野院長)程度であることを考えると、全国に17ある獣医大の取り組み状況にはまだ開きがあるようだ。いかに動物福祉の向上を図り、実践的な臨床実習を学生に提供できるのかが問われている。(時事ドットコム編集部)
posted by しっぽ@にゅうす at 02:57
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