甚大な被害をもたらした熊本地震から、早くも3年が経過した。人間の防災・避難はもちろんだが、人口の2、3割がペットを飼っているという現在、“ペット防災”もまた、見過ごせない問題である。実際に、熊本の被災地でも多くの飼い主やペットが困難に陥ったが、自らの病院を“人とペットが24時間一緒にいられる同伴避難所”として開放して救ったのが、獣医師の徳田竜之介先生だ。ノンフィクションの児童書『竜之介先生、走る! 熊本地震で人とペットを救った動物病院』(ポプラ社)で、その奮闘ぶりを記録した著者・片野ゆか氏に、被災地で起こった混乱と、ペット防災の今を聞いた。
【写真】被災地でもたくましく! 益城町や避難所で暮らす犬猫たち
■3.11を教訓に建て直された病院でペット同伴避難を受け入れ
「熊本の被災地を取材して一番感じたのは、動物を連れていることによって、飼い主自身も”弱者”になってしまう、ということ。災害で飼い主が動揺すると、それはペットにも伝染する。普段はおとなしいペットでも鳴き続けてしまい、避難所では『うるさい』『迷惑だ』と非難されてしまうんです。もし怪我をしていたら、攻撃的にもなります。パニックの動物を抱えて、避難に困ってしまう飼い主の姿をたくさん目にしました」
“犬の殺処分ゼロ”を誇る熊本を、震災の前から幾度となく取材で訪れていたという片野さん。第二の故郷のように感じている熊本が被災し、居ても立ってもいられず取材する中で、獣医師・徳田竜之介先生と出会った。3.11を教訓に、災害時を想定して建て直された病院で、延べ1500組のペット同伴避難を受け入れた竜之介先生から学ぶことは、非常に大きかったという。
「熊本には古い家屋が多く、建物は次々に崩壊し、残った住居の中も倒れた家具や割れたガラスなどでいっぱい。そんな中、自身や病院スタッフも被災者であるにも関わらず、竜之介先生は行き場のない飼い主とペットに病院のビルを丸ごと開放されました。ニュースも届かず、自分の置かれている状況すら把握できない中で様々な判断を下すことは、あとあと責任を問われかねないことも多かったはずです。でも竜之介先生は、“迷うくらいならやる!”という信念の持ち主。同伴避難所の開設は、行動の早い竜之介先生だからこそ、成し得たことだと思います」
■明確なルールがないから、一人の不満の声が多数派となる
そんな獣医師たちの奮闘も直接的なメッセージとなり、ペット防災に注目が集まってきたのは事実。多くの人々がペットと暮らしている現在、飼い主のみならず、行政レベルの取り組みがより重要だと片野さんは考える。
「2013年、環境省は災害時に飼い主の責任で、ペット同行避難をすることを基本にするガイドラインを策定しました。ただ、実際の取り組みは、各地方自治体によって様々。避難所の運営は市町村ごとの判断になるので、ペット対応の準備をするかどうかは、体育館を管理する学校や団体などによります。フードの備蓄やキャリーを準備している自治体もあれば、何をすればいいかすらわからない自治体もある。そんな現実を見ると、ガイドラインだけでなく、行政が具体的なやり方を紹介したり、明確なルールを作ってくれれば、誰もが従いやすいと思うんです。
きちんとしたルールがないから、誰か一人があげた不満の声が多数派となり、ペット同伴がリスクになってしまう。これは動物だけに言えることではなく、赤ちゃんや高齢者、身体の不自由な方、同伴している方にも言えることでしょう。ケアを必要とする人が弱者になってしまう、そんなことにならないようしなければいけません。動物が好きな人もそうでない人も協力しあえるように、時代の流れとともに変化するペット防災について、飼い主が知っておくことが重要です」
■中越地震、東日本大震災を経て変化…ペット同行避難のメリット
「2004年に新潟中越地震が起きた当時は、『ペットは置いて避難するべき』というのがルールでした。ところが、さらに大きな東日本大震災が起きた際には、置いていったペットの救出や処置で、のちのち多大な時間や経費、労力がかかってしまった。それによって、最初から飼い主がペットを連れて避難したほうが後々の負担が軽減する、ということを行政も学んだんです。それからペット同行避難への理解が増し、改善の方向へと進みだしました。
とはいえ、最近の災害の際にも、ペット同行避難の映像がニュースで映ると、一部で批判の声が聞かれることもあります。同行避難は、実は“人間の救助に集中できる”という大きなメリットがあるということを、より多くの方々に知ってもらいたいと思います」
■被災地の現実を知る片野氏が提言、同行避難を想定した準備
さらなる行政の対応を待ちつつ、飼い主それぞれが備えることももちろん大切だ。災害時にペットを連れて避難することを想定して、いかなる準備をすべきだろうか。被災地の現実を知る片野さんならではの、具体的なアドバイスを聞いた。
【フードと水の用意 】
「普段より食べる量が減ることが多いので、フードは5日分くらいを用意しておけば、救援物資が届くまでもつでしょう。水については、人間用の物資を転用すると批判が起こりかねないので、ペット用はできるだけ飼い主が用意したいところ。ある避難所では、人間用とまったく同じ水でも、『ペット用』とマジックで大きく書かれていました。しっかり区別がついているだけで、ペットにまつわるトラブルは減るかもしれません」
【普段使っているケージで避難】
「災害時には動物もショックを受けるため、慣れた環境に少しでも近いものを用意してあげる必要があります。ケージはいわば自分専用の部屋であり、ベッドごと移動しているようなもの。慣れたケージに入って避難するだけで、ペットの安心度も違います」
【常用薬や療法食を準備】
「病気療養中のペットにとって、一番大切なもの。避難時に薬も持ち出せればいいのですが、できないこともある。そんなときのために、薬の銘柄と量をあらかじめ控えておく。または写真を撮っておくと良いでしょう」
【迷子札とマイクロチップを装着】
「ペットが驚いて家から飛び出してしまうこともあるので、首輪に迷子札をつけたり、マイクロチップを使うことをお勧めします。飼い主と離れて迷子になってしまった子は、痩せて首輪も外れてしまうので、マイクロチップの併用をお勧めします」
【外の環境に慣らしておく】
「犬は日頃からドッグカフェなどに行っておくことで、家とは違う室内でも静かにしていられるようになります。他にも、ドッグランなどで多くの犬と触れ合ったり、いろんな経験をしておくといいでしょう。猫であれば、ハーネスをつけて散歩の練習をすることも有効です。避難所では猫はケージに入れっぱなしになってしまうので、リードをつけた状態でも運動ができるようにしておくといいと思います。いつもと違う環境でも怖がらない、そういう訓練が災害時に犬猫の命を救うことにもつながるんです」
【飼い主同士での連携】
「災害発生から数日すれば、同伴避難所や動物病院についての情報がネットなどでも伝わってきます。ただそれも、受け入れや救出に限界があるため、普段から近所の飼い主同士で連携をとれるようにしておくと、何かと心強い。飼い主が外出中の被災や、自分が怪我をして迎えに行けないとき、ペットを託せるような協力体制を築いておくといいと思います」
【ペットの預かり先は自治体などに相談】
「災害時、動物を無料で預かってくれるボランティア団体もありますが、中には後になって費用が必要だと言われたり、ペットを返してもらえない…といったトラブルも発生しています。どうしても預けなければいけない場合には、自治体や動物病院から紹介してもらったボランティアにお願いすることをお勧めします」
■閉塞感漂う避難所の癒しに…守るだけでなく、動物から得られるメリット
人と動物が安全に、安心して避難できるように。まずは日頃から行政の動きに注目し、必要なものを備えた上で素早い判断と行動ができるよう心の準備をしておくべきなのだ。愛すべきペットを守れるのは、私たち人間だけなのだから。
「私が訪れた熊本の避難所では、性格が穏やかなゴールデンレトリーバーが避難所の人気者になっていました。誰もが不安で傷つき、やることもなく閉塞感が漂う避難所では、動物に癒されることも多いんですよね。守るだけではなく、大変なときだからこそ動物から得られるメリットがあることを、たくさんの方に知ってもらいたいと思います」
(文:川上きくえ)