動物 しっぽニュース
認定NPO法人HOKKAIDOしっぽの会

2019年04月23日

犬50匹の飼育を放棄か 飼い主と連絡取れず 宮崎・都城

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宮崎県都城市高城町の民家室内で飼われていた犬約50匹が放置され住人の50代男性と連絡がとれなくなっている。都城署が男性の行方を捜す一方、高原町の動物保護啓発団体「咲桃虎(さくもんと)」が犬の保護に乗り出し、県も収容ケージを貸し出すなど支援している。

 咲桃虎によると、民家の家主が住人に「家に残した荷物を取りに行きたい」と電話連絡した後、住人と連絡がとれなくなった。住人の親族が民家を訪ねたところ、室内で犬が放置されていたという。

 親族らが都城保健所に相談。咲桃虎が保護することになった。咲桃虎代表の山下香織さん(38)は「室内は異臭がして不衛生だった。飼い主は責任が持てる範囲で動物を飼うべきで、増やしたくなければ、避妊や去勢手術をしっかりしてほしい」と訴えた。【重春次男】
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ダレノガレ明美 子犬保護に悲痛な叫び「こんなに小さな命を私は見捨てたくない」

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タレントのダレノガレ明美(28)が22日、インスタグラムを更新し、子犬保護への協力を訴えた。

 ダレノガレは別のアカウントに投稿された複数の子犬の写真を拡散し「4月25日の朝までに助けが必要です! みんなまだ子犬です! 山口県周南健康福祉センターにみんないます!」と記し、命の救済を呼びかけた。

 残る期限はわずか3日。しかも、まずは自身の行動が率先される状況も、それについての言及はない。

 それでも「こちらの記事を載せるか迷いましたが、助けたいです! 批判される可能性もありますが、助けたい気持ちのが強いので申し訳ありませんが許してください! こんなに小さな命を私は見捨てたくないです」と続けた。

 批判は覚悟の上として「私が批判されて1匹でも多くの子犬ちゃんが飼い主さんが見つかるなら批判されても全然いいです! 1匹でも多くの子犬ちゃんが幸せな家庭行くことを願う事、拡散してチャンスが来ることを願う事しか私にはできません…動物も人間と同じ! 命があります! 拡散していただけると嬉しいです! よろしくお願いします」と繰り返した。
posted by しっぽ@にゅうす at 08:51 | ペット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

愛犬と飼い主が一緒に楽しめる「ドッグフィットネス」 信頼関係構築し運動不足を解消

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【人とペットの赤い糸】

 最近、ペットと泊まれる施設が増えてきたことは飼い主にとってもペットにとっても喜ばしいことだ。愛犬同伴型ホテルの「レジーナリゾート」はその中でも草分け的な存在の一つだが、「レジーナリゾート鴨川」では、ペットと泊まれる宿で初めて、人と犬の絆を強めるドッグフィットネスを導入している。

 近年は、仕事の関係やその他の理由で家の中で小型犬を飼育している人も多いが、これでは運動不足になり肥満になる傾向にある。人間同様、ペットにとっても肥満は万病の元である。

 犬の健康寿命延伸と病気にならない体づくりを目的として、リゾート施設にドッグフィットネスを提唱したのは、一般社団法人アニマルライフパートナーズ協会代表で、米国で動物行動学と犬の理学療法を学んだ山田りこ氏だ。

 犬は本来、頭を使い体を動かすことが大好きな動物だが、都会の暮らしではお散歩道はアスファルトの固い平坦(へいたん)な道で、自然界のように土のでこぼこ道をバランスを取りながら歩いたり、障害物をよけたりする機会は少ない。

 また、生まれてから早い時期に親兄弟から離される犬がほとんどで、小さい時から犬同士で体をぶつけあいながら、じゃれたりして自らの体幹を鍛える機会も少ない。

 ドッグフィットネスの利点は、人とペットの信頼関係を構築し、運動とともに自信をつけ、筋肉、靭帯(じんたい)、腱、関節の状態を良好に保ち、体全体のコンディションを整えることだ。同時に、バランス機能や柔軟性、持久力、そしてメンタル面を良好に保つことが可能となる。

 また、超小型犬と小型犬は家族に安易に抱き上げられてしまう傾向があり、犬自身がしっかりと大地を踏みしめるという機会が減少している。そうなると当然筋肉が付かず、靭帯や腱で守られている足先の力が弱まり、グリップ力が軽減したり膝関節や股関節にも影響が出る傾向にある。

 フィットネスでは、バランスボールを踏みしめたり、前後にバランスを取らせることで足先と足裏の意識を高め、靭帯、腱を強化し、グリップ力を高めることができる。感情面でも、しっかりと踏みしめる力をつけることで自信がつき、落ち着きのある犬になるようだ。

 施設ではアクアフィットネスも可能で、一流スポーツ選手のトレーニングやリハビリに使用する米国製の流水プールで、体(筋肉や関節)に負担なく前進運動ができる。初めてのプールや水の苦手なワンちゃんでもすぐに慣れて、楽しそうに泳いでいる愛犬の姿を見るのも飼い主にとってもうれしそうだった。

 ドッグフィットネスが提案されたのは、「定期的に愛犬と飼い主の心と体をリセットできるリゾート施設があれば」という思いからだ。日本では昔から湯治という素晴らしい文化があるが、それを現代的に、愛犬と人が一緒に運動をして、お互いのQOL(生活の質)を高めることにもつながるのではないかと期待されている。

 ■越村義雄(こしむら・よしお) 一般社団法人「人とペットの幸せ創造協会」会長。同ペットフード協会名誉会長。一般財団法人日本ヘルスケア協会理事、「ペットとの共生によるヘルスケア普及推進部会」部会長など。
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茨城のNPO、犬猫を劣悪飼育 横浜市の愛護団体が告発へ

北海道新聞


保護した犬や猫を劣悪な環境下で飼育しているとして、茨城県から改善命令を受けた同県古河市の動物保護施設を運営するNPO法人に対し、横浜市の「日本動物虐待防止協会」が18日、動物愛護法違反の疑いで近く刑事告発すると発表した。

 同協会によると、施設にいる犬と猫は計約100匹。排せつ物が放置された不衛生な環境下で、ストレスや健康状態の悪化が深刻な実態を現地で確認したという。虐待を禁じた動物愛護法に違反するのは明らかだとしている。

 東京都内で記者会見した同協会の藤村晃子代表理事は「一刻も早く施設を閉鎖させ、犬と猫を救出しなければ」と強調。支援者でタレントのデヴィ夫人も同席し、動物虐待に対する罰則の強化を訴えた。

 この法人を巡っては、県動物指導センターが昨年10月に立ち入り調査し、同12月に改善勧告、今年2月には改善命令を出している。
posted by しっぽ@にゅうす at 08:46 | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

漫画家が幼少からの「犬を飼う夢」を30過ぎまで諦めた切ない理由

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 漫画家で小説家の折原みとさんは、湘南の家でこりきというゴールデンリトリバーと一緒に住んでいる。実は湘南に越したのは30歳をすぎてから。19歳で上京し、21歳でデビューしてからは、東京・中目黒に住み、ミリオンとなった『時の輝き』をはじめとする少女小説や漫画で働きづめの生活を送っていた(詳しくはこちらの記事参照)。

 折原さんと犬との二人三脚は有名だが、実は犬を飼うようになったのは、30歳をすぎてから。エッセイ『おひとりさま、犬をかう』には仕事とはなにか、豊かさとは何か、そしてペットと暮らすとは何かについてが書かれている。その中から、数回限定公開にて、デジタルメディアとして初めて抜粋掲載。そもそも、なぜ折原さんが30過ぎまで犬をかわなかったのかーーその理由を探るために、折原さんが子どもの時のほろ苦い思い出を振り返る。

漫画家が幼少からの「犬を飼う夢」を30過ぎまで諦めた切ない理由
幼少期の折原さん 写真提供/折原みと
生き物を飼わなくなった理由
 物心ついた時には、家に猫がいた。「タマ」というベタな名前の茶トラの雌猫。
私が生まれる前からいたタマは、幼稚園の頃にいつのまにかいなくなってしまって、小学校に入った頃に、やはり茶トラの2代目猫がやって来た。

 名前は「ミニ」。
子猫だったから「チビ」と名付けたい所だけど、それじゃあんまり単純なので、ちょっとひねって「ミニ」にしたのだろう。

 当時の私は、あまりミニをかわいがった記憶がない。しつこくシッポを引っぱったりヒゲを切ったりと、子供らしい(? )ちょっかいを出してばかりいたので、どちらかといえば、ミニには嫌われていたかもしれない。
ミニは、あまり長くは家にいなかった。小学校2年生くらいの頃にいなくなってしまったのだ。親はハッキリとは言わなかったが、多分車にでも轢かれてしまったのだろう。
ミニが死んでしまったことに薄々気が付いた時、たいしてかわいがってもいなかったくせに、私は大泣きした。

 あんまりしつこく泣いていたので、親は「生き物は死んだ時に困るから飼わない」と決めたらしい。家に3代目の猫が来ることはなかった。

原っぱでひろった子犬
 近所の原っぱで子犬を拾ったのは、それからしばらく後のことだ。

 コロコロとまるまっちい、こげ茶色のタレ耳ちゃん。口のまわりだけが黒っぽくて、ドロボウみたいな愛嬌のある顔。
ちぎれんばかりにシッポを振ってジャレついてくる子犬と離れがたくて、私はその子を家に連れて帰ったのだ。

 昔から少女マンガの世界では、捨て犬や捨て猫を拾う心やさしいヒロインに、カッコいい男の子がホレる…というのがてっぱん! かねてからそんなシチュエーションにあこがれていた私は、ちょっとしたヒロイン気分だった。

 が、現実は甘くない!! 
「犬を飼いたい」という私の願いは、あっさりと親に却下されてしまった。

 考えてみれば当然だ。

 エサをあげるだけであとは野放し状態だった猫でさえもう飼わないつもりだったのだから、散歩やらしつけやら何かと手間のかかる犬なら、なおさらダメに決まっている。

 「犬の面倒なんてみられるわけがないでしょう!? さっさと元いた所に返してきなさい!!」

 そんな母の言葉に逆らって、子犬を抱いて何時間も裏庭に座りこんだが、暗くなるまでがんばっても、母は頑として考えを変えてはくれなかった。

 どうしようもない。

 どんなに泣こうがわめこうが、ダメなものはダメなのだ。小学生の子供にとって、親の決定は絶対だ。

 ごはんも着る物も住む家も、何もかも親がかり。自分自身が親に面倒をみてもらっている立場なのだから、親の許可が得られない限り、犬なんか飼えるわけがない。

漫画家が幼少からの「犬を飼う夢」を30過ぎまで諦めた切ない理由
このお子さんは折原さんではありませんが、こんな広々としたところで折原さんは子犬と会いました 写真提供/折原みと
涙のかっぱえびせん
 少女マンガのヒロイン気分でウキウキ子犬を拾ってきた翌日、私は泣く泣くその子を元の原っぱに捨てに行った。
緑色の原っぱに群れ咲く、真っ白なシロツメクサ。
季節は春だったのかもしれない。
「ここにいてね、バイバイだよ」
そんな言葉を理解できるわけもなく、子犬は無邪気に私の後を追ってくる。

 そこで、取り出したのが「かっぱえびせん」だ。
そう。この21世紀の現代でもおなじみのかっぱえびせんは、私の子供時代、すでに大人気のおやつだったのだ。
私は原っぱにとっておきのかっぱえびせんを撒き散らし、子犬が夢中でそれを食べている間に一目散に逃げた。

 しばらくして、私がいないことに気付いた子犬の鳴き声が聞こえてきたけれど、必死で耳をふさいで、振り返らずに泣きながら逃げた……。

 時は昭和40年代の終わり頃。わかりやすく言えば、『ちびまる子ちゃん』の舞台になっている時代のことだ。

 あれから40年以上たった今でも、あの時のことを思い出すと泣けてくる。
原っぱに置き去りにしてしまった子犬は、誰かに拾ってもらえただろうか? 小3のあの日、私は現実の厳しさを痛感した。

 子供って、無力だ。
親の保護下にある以上は、その決定には逆らえない。

 だったら、どうしたらいいんだろう? 
 悔し涙にくれながら、子供なりに真剣に考えた。
そして私は、ひとつの答えを見つけたのだ。

 そうだ! それなら早く大人になればいいんだ!! 

 大人になったら、自分で働いて、家を出て、親に頼らず自分の力で生きて行く! 

 そしたら、誰にもモンクを言わせず犬を飼うんだ。

 そんでもって、絶対絶対幸せにしてみせる!! 

 しょっぱい涙の味のかっぱえびせんを嚙みしめながら、まるちゃんみたいなオカッパ頭につりスカートの女の子は、固く心に誓ったのだった。
フワフワでコロコロのあったかい生命を守ってやれなかった悔しさと、子犬の信頼を裏切ってしまった胸の痛みは、強い自立心の源となった。

 そして、今にして思えば、それが、夢と憧れの「犬ライフ」への、長い道のりの第一歩だったのだ。


文鳥のオスカルとアンドレ
 「二度と生き物は飼わない!」と宣言していたウチの親だけど、私が小学校高学年の頃、何の気まぐれか、父が知人から番の桜文鳥をもらってきた。

 家に、久しぶりのペットがやって来たのだ。

 桜文鳥は、身体は灰色、頭は黒、ほっぺとお腹が白くて嘴は桜色。インコよりも小ぶりの可愛らしい小鳥だ。
名前はオスカルとアンドレ。
当時宝塚の舞台にもなって大ブームだった『ベルサイユのばら』という漫画の主人公にあやかって命名した。

 小鳥の世話は子供たちでするという約束だったから、姉、兄、私の兄妹3人は、こぞってエサやりや鳥小屋の掃除に励んだ。……最初だけは。

 桜文鳥は人に馴れる鳥だけど、番で飼うと人間には無関心になってしまうらしい。
エサをやろうが話しかけようがまったく懐いてくれないオスカルとアンドレに、私たちのテンションは急降下。

 あっというまに我家の「小鳥ブーム」は過ぎ去って、当番のエサやりも押しつけあうようになってしまった。

 子供の頃のこととはいえ、オスカルとアンドレには、本当に申しわけないことをしたと思う。玄関わきに置かれた鳥小屋に、ほとんど見向きもしなくなってどれくらいたった頃だろう。

 ある朝私たちは、鳥小屋の床で冷たく固くなっているオスカルとアンドレの姿を見つけたのだった。

 原因は、エサ切れだ。

 鳥を飼ったことのある方なら御存知だろうが、鳥は、粟などのエサの中味だけを食べて殻を残す。エサ入れにまだエサがあると思って油断していたら、実は殻ばかりで、危うく餓死させる所だった…なんて経験をした方も少なくないのではないだろうか? 私たちの場合も、まさにそれだ。

 とりあえず誰かしらがエサだけはやっていたものの、ちょっと小屋をのぞいてエサ入れがカラになっていなかったら、わざわざ中を確かめようとはしなかった。いつのまにか、小鳥の世話は面倒な義務≠ノなってしまっていたから。

 愛情も責任感もすっからかんで、いいかげんな飼い方をしていたから、そんな初歩的なうっかりミスで鳥たちを死なせてしまったのだ。

 本家『ベルばら』のオスカルとアンドレは、フランス革命で市民の自由と平等のために命を捧げたのに、我家のオスカルとアンドレの最期は悲しすぎる。

 親の反対で子犬を飼うことができず、泣く泣く捨てに行った小3のあの日には、「いつか自分の力で犬を飼って、絶対幸せにしてやるんだ!!」なんて心に誓ったはずなのに……。

 このザマ。やっぱり親の言うことは正しかった。
小鳥の世話さえできなかったその頃の私には、母の言葉通り、犬の面倒なんか見られるわけはなかったのだ。

 もしもあの時、子犬を飼うことを許してもらっていたとしても、きっとすぐに飽きてしまって、結局何もかも親まかせになっていたんじゃないだろうか。

 大人になってから振り返れば、当時の私は、かなりわからんちんで身の程知らずな子供だった。

 けれど、親のどんな言葉よりも、自分のせいで鳥たちを死なせてしまったという事実は重かった。オスカルとアンドレの犠牲によって、私は、まだまだ自分は生き物の生命を預かる精神的レベルに達していないと悟ったのだった。

 あこがれの「犬ライフ」への道を、大幅に逆戻り。
だけど、これは大きな意味のある後退だった。

 今でも、時々こんな夢を見る。
飼っている小鳥にエサをやるのをすっかり忘れていて、ハッと気がついて真っ青に! 
恐る恐る小屋をのぞくと、小鳥は死んでいる…ということもあるし、ギリギリ生きていて、ホッと胸をなで下ろすというパターンもある。

 オスカルとアンドレの一件が、未だにトラウマになっているのだ。
生命って、もろくて儚いものだ。
ちょっとした不注意で、簡単に失われてしまうこともある。

 生き物を飼ったら、その生命は飼い主の手に委ねられる。生かすも殺すも飼い主次第。その怖さと、責任の重さを、オスカルとアンドレが教えてくれた。

 フランス革命とまではいかないけれど、彼らはその生命と引き替えに、アホで無責任だった私の意識に活を入れ、強烈に変えてくれたのだ。

 ありがとう! オスカルとアンドレ。そして、本当にごめんね! 
君たちの犠牲は、決してムダにはしないよっ!! 

 次回は、折原さんが犬をかうために「人生最大の買い物」をしてからのことをお伝えします。5月14日(火)公開予定です! 

折原 みと
posted by しっぽ@にゅうす at 08:42 | 動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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