行き場を失った猫たちが…
東京・大塚から歩いて数分の路地裏にあるビル。ここに100頭を超える猫が保護されている? そう言われてもなかなかピンとこない。
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ビルの最上階には、保護猫カフェでもある開放型シェルターがある。猫用のケージが並び、ソファや床では、たくさんの猫たちが自由に遊び回っていた。白黒、ブチ、三毛に黒…。歩き進むこちらの足にじゃれてくる。
NPO法人東京キャットガーディアンは、日本初の保護猫カフェの運営を通じて、行政(保健所・動物愛護センター)などから猫を引き取り、飼育希望の人に譲渡する活動を行なっている。
つまり、「行き場を失った猫」と「猫と一緒に暮らしたいヒト」を結ぶ仲介の場を提供しているのだ。
ある休日の午後、保護カフェで里親希望者の個別面談が行われていた。里親希望者は、事前にキャットガーディアンのHPで里親の条件などを読んで、同意の上で申し込んだ人たちだ。原則的には、家族全員で来てもらうようにしているという。
スタッフが、里親希望者の家族に質問をしていく。
「この面談で里親には不適切と判断されることも少なくないんです」
そう語るのは、東京キャットガーディアン代表の山本葉子さんだ。
「基本中の基本が、終生飼育してくれること、そして完全室内飼育です。この2つのどちらかを外したら完全にアウト。よくいらっしゃるのが、以前飼っていた猫は室内外で飼っていたので、と言われる方。『猫は外に自由に出られなきゃおかしい』と喧嘩腰の年配の方もいます。その場合も、丁重にお断りします。ここから知らない場所に行く猫にとって、“外”に出されることは捨てられたのと同じなんです」
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猫ブームの裏側で
ペットフード協会の調査によると2018年の猫の飼育頭数は全国では約965万頭で、犬の約890万頭を上回る。猫ブームは本当なのだ。
環境省の調査によれば、2018年度に動物愛護センターが引取った猫は約6万2000頭。譲渡された猫が約2万6600頭、そして約3万5000頭が殺処分されている。それでも1989年(平成元年)の引取り頭数は34万頭で殺処分33万頭だったことからすると、明らかに譲渡数が増加し、引取り頭数と殺処分が減少している実態がわかる。
東京キャットガーディアンは、2008年に任意の保護団体としてスタートし、2010年4月には特定非営利活動法人(NPO法人)を取得した。譲渡事業の他にも、飼い主のいない猫のための不妊去勢手術専門の動物病院「そとねこ病院」も運営している。これまでに7100頭を超える猫を譲渡し、9460頭以上の猫の不妊矯正手術をしてきた。
山本さんが言う。
「世の中に足りないのは、猫への愛情ではなくシステム。ペットショップやブリーダーから購入する以外に、民間の保護団体から猫を譲り受けるというルートを社会に定着させたいと思っているんです」
現在、常時300頭の猫が当団体に保護・飼育され、譲渡数は年間700頭にのぼる。保護猫は、すべて不妊去勢手術が施され、ワクチン注射、ウィルスチェックなどが済んだ猫たちだ。
猫屋敷からのスタート
山本さんは以前、ピアニストやバンドなどを派遣する会社を経営していた。1991年、マンションから目白の一軒家に転居した山本さんは、たまたま通りがかった近所のブリーダーの店先で小型犬のポメラニアンに一目惚れ。続いて、「猫をもらってください」という張り紙を見て、兄弟猫を引き取った。さらに、ワクチン注射をしてもらいに行った動物病院で、保護された全盲の猫も引き取ることになる。
実はこの保護猫は、地域の猫に不妊手術をさせていたボランティアの方が保護した猫だった。山本さんは、ボランティアの人たちと知己を得て、次第に保護活動に参加するようになる。
そしてたまたま、山本さんは3階建ての家を建築。すると、保護活動の仲間たちが「あなた、家があるんだから猫の保護できるでしょう」と次々に猫を連れてきたのだ。
「猫はもちろん、色々な動物を保護しているうちに、あっという間に、猫、犬、たぬき、アライグマとなんだかんだで30匹になっていました。猫屋敷というか獣屋敷ですね(笑)」
山本さんは、動物に囲まれて暮らしながら「さすがにこのままでは先がないな」と思い始めていた。そこで、猫の保護団体について調べるようになる。調べるほどに、保護猫についての活動は資産家や財産家でないと続けられないと理解していったのだ。
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ビルの5階の開放型シェルターでは、猫たちがのびのびと遊びまわっていた
「病院を持とう」
しかしある日、欧米の保護動物シェルターの管理運営方法についてのハウツー本に出会い、保護団体を運営していくためには、報酬を生み出していく必要があることを知った。
「大赤字にならない運営を続けるための仕組みは、不妊去勢手術だとわかった。その病院を持つことが運営の肝だと理解できたんです」
病院でケアをし、手術をする費用をちゃんと里親に請求する。拾ったとしてもかかってしまう費用だ。その費用を保護団体から譲渡してもらう時も必要なのだ、という認識があれば、運営に回していくことができるではないか。山本さんは、試算をしながらそう気づいていったという。
「私たちがやろうとしていることは、愛情に基づいたボランティアではなく、実は『ロジスティック』、つまり『物流』なんだと思いました」
「野良」と呼ばれる地域猫でも、問題は不妊手術をしていないがために増え続けてしまうことだ。欧米では、仔猫のうちに手術をしておくのは常識だが、日本ではその認識が定着していないために、増え続けてしまうのである。
山本さんたちは、獣医師を内部に入れることで、この活動がサスティナブル(持続可能)なものになると確信したのだった。
「そうすれば猫はけっして不幸にはならない、里親になる家族も納得し、覚悟を持って飼ってくれると思ったのです」
諸費用の合計は、3万4000円〜4万4000円(ワクチン接種の回数、ウィルス検査の有無によって異なる)。内訳としては、「不妊去勢手術代・駆虫費用・3種混合ワクチン・パルボウィルスチェック・その他の医療費・飼育費用・飼育施設維持費及び人件費・しっぽコール(個体番号によって迷子猫を探す仕組み)・加入費・事務手数料」となっている。
猫付きマンション?
さらに、東京キャットガーディアンでは、10年からは日本初の「猫付きマンションR」を、14年には「保護猫付きシェアハウスR」の事業を開始した。続いてペット可の物件を扱うポータルサイト「しっぽ不動産」の事業も開始した。
「大手不動産仲介業者でもペット可の物件は17%に過ぎません。だからほとんどの場合、隠れて飼っています。高齢化が進んだ公団ではおそらく半分の人たちが猫か犬を飼っているんです。入院時や、転居でもなかなか連れていくことが難しい。すると置き去りにするなど悲惨なことになってしまいます」
老朽化のために建て替えとなった大型団地から大量の猫が出てきたという話も聞く。
「『猫付き』という言葉に魅力を感じてもらえると、物件の借り手が決まりやすいので、興味を持つオーナーさんも増えています。ただ、知っておかなければいけないことも多々ありますので、勉強会も随時行っています」
また、東京キャットガーディアンでは、成猫の引取りと再譲渡事業「ねこのゆめ」も行っている。これは、高齢者や、病気で入院せざるを得ない人が「もし、私に何かあったら猫をお願いします」というニーズに対する積立式の引取り事業である。
面談を終えて晴れて里親合格となった家族は、「うちの子」を懸命に探す。子どもたちがゲージの前を行ったり来たり、時には猫とじゃれ合いながら……。ようやく決めた「うちの子」をスタッフに告げると、持ってきたゲージに猫を入れて記念撮影。そして「家族+1匹」は笑顔で家路に着いたのだった。
山本さんが言う。
「譲渡の瞬間は寂しい思いもあります。でも、私たちがこの活動をやっていなければ年間700頭の猫が死んでいることになる。救えなかった命を考えると辛いけれど、こうして生きていてくれてよかったと思えるんですね」
小泉 カツミ