二村キヌヨさん(82歳)の娘さんに懐いている猫のチャーヤン(筆者撮影)
「1人暮らしの母親が入院することになり、猫の世話ができなくなった。自分は別居しており、猫を引き取ることはできない。なんとかしてほしい」
そんなSOSの電話が動物愛護団体にかかってくることがある。聞けば、不妊手術をしておらず、猫が何匹もいるという。殺処分はしたくないが、自分で飼うこともできないと訴える。週に2〜3日、餌やりをしに来ているが、長い間、猫の世話が満足にできなかったせいか、家の中はゴミ屋敷状態だった。
このケースでは、ボランティアと行政が協力して猫に不妊手術を行い、里親を探すことで殺処分を免れることができた。
人間だけじゃなくペットも長寿に
昔と違って、今は犬も猫も人間と同様、長生きになっている。犬の平均寿命は14.29 歳、猫の平均寿命は15.32歳である(2018年全国犬猫飼育実態調査・ペットフード協会)。猫に至っては20歳を超えて長生きする例もある。
もし60代で子犬や子猫を飼い始めたとしたら、犬も猫も飼い主が70代後半まで生きることになる。それまで元気でいられればいいが、先のことはわからない。病気になって入院したり、介護施設に入居することにでもなったら、ペットの世話はどうすればいいのだろう。
今も6匹の猫を飼う二村キヌヨさん(82歳)(筆者撮影)
東京都に住んでいる二村キヌヨさん(82歳)は大の猫好き。自宅で猫を飼うだけでなく、近所で見かけた野良猫の世話をするボランティアでもある。世話といっても、ただ単に餌をやるだけではない。地域にこれ以上、野良猫が増えないよう猫を捕獲し、不妊手術を行うTNR活動(Trap捕獲して/Neuter不妊手術をし/Return元の場所に戻す)を地域の動物愛護団体とともに行ってきた。
「近隣の自治体のなかにはTNR活動に助成金を出すところもあるんですよ。でも、私が住んでいるところでは行われていない。そういう話もあるにはあったようですが、一部の住民から猫のために税金を使うのかと批判があって立ち消えになってしまったんですよね。それで、しかたなく自腹を切って手術費用を出していました」
世間の相場はわからないが、二村さんが頼んでいた動物病院では、オスもメスも不妊手術の費用は2万円。十数年かけて30〜40匹の猫の不妊手術を行ってきたという。そのおかげで地域に野良猫の姿はほとんど見かけなくなった。
しかし、別の問題が浮上した。TNR活動で元の活動場所に戻した猫が相次いで姿を消すという事態が起こったのだ。猫には縄張りがあり、手術後、すぐに姿を消すことはない。
「どうしたんだろうと思って、近所の人に聞いたら、同じ地域に住んでいる男性が猫を捕まえて川に放り投げて殺しているというんです。その人は猫が嫌いなんだろうけど、そんなひどいことがよくできると思って。その人から何か文句を言われたら言い返してやろうと思っていたんだけど、結局、私には何も言ってこなかった。
でも、そんなことがあって不妊手術した猫を元の場所に戻すことができなくなって、仕方なくうちで引き取ることにしたの。そんなわけで、一時期、うちには13匹ぐらいの猫がいたこともあるんですよ。
もともと猫が好きだったから、私の部屋の奥に2畳くらいの猫専用の部屋を作ったんです。そこに大きめのトイレを2つ置いて、ご飯もそこで食べさせるようにしています。13匹もいたときなんて、もう、猫の世話で1日が終わる感じでした。臭いもするので、猫部屋には脱臭機も置いています。今は6匹まで減りました。猫をいじめていた男性もどこかに引っ越していったので、ホッとしています」
13匹もの猫の世話をどうしたのか?
そんな二村さんがひざの手術をすることになったのは、今から10年ほど前のこと。20日ほどの入院が必要と言われ、二村さんは頭を抱えてしまった。娘さんと同居しているが、日中、仕事に出かけるため、13匹もの猫の世話はできない。
「娘も猫は嫌いじゃないけど、私があまりに猫の世話をしすぎたせいか、ちょっとあきれているというか、猫に関しては距離を置いているところがあります。普段、猫の世話をしているのは私で、娘はほとんど関わっていません。それで、娘には負担をかけられないと思って、近所の知り合いに謝礼4万円を渡して世話をしてもらうことにしたんです。
知り合いには毎日、家に来てもらい、トイレを掃除してもらったり、ご飯をあげてもらったり。娘が仕事から帰ってくるまで家にいてもらったこともありました。それで、何とか入院中は乗り切ったという感じですね」
私が「また入院しなくてはいけなくなったら、どうするんですか?」と聞くと、「同じ知り合いに謝礼を払って世話をお願いしようと思います。娘も1人で猫の世話をするのは大変ですが、2人なら負担も少ないでしょうから」という。
それでも、自宅にはまだ猫が6匹もいるのだ。
私が「猫のために長生きしないといけないですね」と声をかけると、「私が死ぬまでには2匹ぐらいにしてあげないと、娘が大変。猫は嫌いじゃないけど、私みたいにたくさんの猫の世話をするのは無理だから。それに、娘に言われるんですよ。ママがいつ亡くなるかわからないのに、そんなに猫を残されたら困るのは私なんだからねって」と苦笑する。
猫専用の部屋でトイレの掃除をする二村さん(筆者撮影)
確かに親と同居しているからといって、子どもが親のペットの世話を押し付けられる道理はない。子どもには子どもの生活があるのだ。とはいえ、命ある生きものを捨て置くことはできない。否が応でも子どもに負担がかかってくる。
こうした高齢者とペットの問題は、介護の現場でも浮上している。何匹もの猫を飼っていて十分に世話ができず、押し入れの中に子猫の死体があったり、ブラッシングされず、まるで毛糸の塊のようになってしまった犬がいたりする。
利用者の中には、ヘルパーにペットの世話を頼む人もいるが、現行の介護保険制度では、ヘルパーの仕事内容がきっちり決められており、ペットの世話はできないことになっている。もちろん、保険外サービスで自費負担すれば、ヘルパーがペットの世話をすることは可能だが、年金暮らしの高齢者にそれを望むのは難しい。
高齢者がペットを飼うリスク
高齢者がペットを飼うことは、心が癒やされて精神が安定したり、世話をすることで身体の機能を維持する効果もある。しかし、飼い主が70代、80代ともなれば、ペットの世話ができなくなるというリスクも伴う。
高齢の親がペットを飼っているという人は、何かあったときにどうするか、事前に考えておく必要があるだろう。自分が引き取れない場合は、誰か頼める人を事前に探しておくなり、動物愛護団体に協力してもらい、自力で里親を探すなりするしかない。
お金に余裕があれば、終生飼養してくれる老犬ホームや老猫ホームに預けることもできる。また、親が有料老人ホームや特別養護老人ホームに入居する場合でも、施設によってはペットと一緒に同居できるところもある。今から情報を集めておくことが大切だ。
いずれにしても、ペット飼う際には、自分の年齢を考えて最後までペットの面倒を見ることができるか、真剣に考える必要があるといえるだろう。
東洋経済オンライン