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愛猫がもし家から逃げ出したら、どうやって見つければいいのか。迷子になった動物を探すペット探偵の藤原博史氏が、捜索のエピソードをもとにいなくなった猫の探し方を教える――。
【写真】20歳のたいちゃん
※本稿は、藤原博史『210日ぶりに帰ってきた奇跡のネコ ペット探偵の奮闘記』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■旅行中に空き巣が入り、飼い猫が脱走
「もしもし、もしもし! ペットレスキューさんかしら? うちに空き巣が入って、ネコが出て行っちゃったんですよ? 」
正月早々、1月3日の晩に電話が鳴りました。応答した瞬間、いきなり女性が叫んでいる声が耳に飛び込んできたのです。
あまりの勢いに何を言っているのか、まったく訳がわかりません。110番にかけようとして間違ったのか、よほど動転して取り乱しているのか。どちらにせよ、ただ事ではなさそうです。黙って聞いていると、やはりペットレスキューへかけてきているようなのです。
「まあ、ちょっと落ち着いてください」
女性をなだめながら、少しずつ話を聞き出していきます。そして聞くうちに私の正月気分はすっかり覚めていきました。
名古屋在住の山崎さんは、旦那さんと二人で年末から正月にかけて恒例の温泉旅行に出かけていました。ところが留守宅に空き巣が入り、割られたガラス窓のすき間から、飼い猫が逃げ出したということでした。ちょうど元日だったといいます。
ペット探偵が教える「もし愛猫が消えたら、まずここを探せ」
写真・図版:プレジデントオンライン
■「本当にいいんです、たいちゃんさえ戻って来てくれたら」
被害のほうはどうだったんですか、とつい尋ねた私に山崎さんは大声で言いました。
「盗られたものなんて構いません。でも、“たいちゃん”だけがいないんです。どこを探してもいません。本当にいいんです、たいちゃんさえ戻って来てくれたら……」
その言葉に、私は「はい、すぐ行きます」と答えていました。そう言いながらも、手元で手帳を確認します。やっぱり、捜索に行くなら明日一日しかない。
じつはちょうどその頃、私の仕事がメディアに取りあげられて、依頼の電話が鳴りやまなくなっていました。明後日からは、すでに約束をしている別の現場に行かなければなりません。
しかしネコに限らず、いなくなったペットの捜索は一日でも早く取りかかるのがいいのです。発見率は探し始めるのが早ければ早いほど上がります。迷わず私は、この年最初となる捜索の準備にかかりました。
■セコムをかけ忘れて貴金属はすべてとられた
山崎さんに電話で聞いた住所は、名古屋でも知られた高級住宅街の中でした。そして翌朝、着いたところはお城のように巨大な邸宅だったのです。とにかく豪奢な建物で門構えも立派です。
出迎えてくれた奥さんの顔には、心配そうな表情が浮かんでいました。と同時に、いかにも愛情あふれる女性ということが見て取れます。いなくなったネコへの愛情の強さが、電話でのパニックとなって表れていたのでしょう。
奥さんにすぐさま、当日の状況を詳しく教えてもらいました。
「温泉旅行へ出かけている間は、近所に住む私の姉にネコの世話を頼んでいました。ただ元日の夕方、姉が帰るときにセコムの警報装置をセットするのを忘れたようなのです。そのスキに空き巣が入りました。警察は計画的に狙われていたんでしょうと言っています。
そして姉が翌日戻ったときには、大変なことになっていました。裏側の玄関の横にある窓ガラスが割られ、家の中はすみずみまで荒らされていたのです。貴金属やお金はすべて取られてしまいました。でも、そんなことはいいんです。
うちでは6匹のネコを飼っていますが、そのうち1匹が見つかりません。たいちゃんです。窓ガラスの割れたすき間から出て行ってしまったらしいのです」
■人間で言うと100歳くらいのおばあちゃん猫
連絡を受けた山崎さん夫婦は急遽(きゅうきょ)、温泉宿を引き上げ、真夜中に降りしきる雪の中、車を飛ばして帰宅したそうです。すぐさま近所をあちこち探したけれど、どうにも姿がない。それで奥さんが私に電話してきたというわけです。
私が訪ねたのは空き巣被害から3日後でした。すでに警察の現場検証は終わっており、足跡などからみると、押し入った空き巣は3人ほどだったとのこと。割られた窓ガラスには段ボールが張り付けられていました。
「かわいそうに、たいちゃんは雌の日本猫で、もう20歳なんです。足腰も弱っているので、歩くのもおぼつかないんです。一刻も早く見つけてあげなくちゃ」
ネコで20歳とは、人間で言うと100歳くらいという大変な高齢です。ずっと自宅で過ごしてきたというたいちゃんが外に出てからもう二晩以上経っていること、この寒さの中ではおそらく食べ物も得られていないことを考えると、体力的なリミットは刻々と迫っているでしょう。
■遊具から専用ソファまでオーダーメイド
たいちゃんが暮らしていた場所を案内してもらうと、それは見たこともないほど立派なネコの部屋でした。そもそも邸宅全体で部屋数が多いのですが、そのうち2部屋が飼い猫専用になっているのです。
2階にある20畳ほどもあるスペースに、壁際を伝って天井へ登る遊具から、ネコが寝そべるソファーまで、オーダーメイドで作られたようです。その部屋からネコ用の階段を上がると、3階の寝室があります。1匹ずつベッドが置かれ、全員がその部屋で寝ているのです。
もちろんこのスペース以外の広い家の中も自由に出入りしながら、仲間のネコ達と暮らしていました。
空き巣が入ってきたときは、6匹揃(そろ)って家にいましたが、たいちゃんだけが姿を消しました。おそらく知らない人間が入ってきた気配を感じ、他のネコたちはすぐに家のどこかへ身を隠したのでしょう。たいちゃんは逃げ遅れてしまい、すっかり怯(おび)えてしまったのかもしれません。空き巣が2階、3階へと上がっていくなか、たいちゃんは1階へ降り、窓から外へ逃げだしてしまったのだと考えられます。
ただ、20歳という年齢であれば、眼もぼやけてくるし、鼻もあまり利かないはずです。遠くまでは歩けないから、まだ近くにいるだろうと考えました。
ご自宅の周辺を歩いて捜索することにしました。
■室内猫によくある「脱走パターン」とは
まず、割れた窓を背にして立ちます。ここを出たたいちゃんがどのように歩いたかを考えることが、捜索の第一歩です。室内で飼っているネコの場合は特に、身体の片側を建物につけるようにして、壁面に沿って移動する癖があります。すると身体の一方が必ず壁で守られる格好になります。これで安心感が持てるようなのです。
道路などを渡ると身体の両面を晒してしまうことになるため、横断を避けながら移動していきます。こうして歩き、縁の下や簡易物置きの下、マンションの1階ベランダ部分と地面のすき間、排水溝の中、茂みの中などを見つけて身を潜め、周りの状況を観察しているのです。
極端に警戒心が強いネコであれば、その状態で動かずに数週間同じ場所にとどまっていることもあります。そこが安心できる場所であれば、その場所を起点にして行動し、何かあればすぐに駆け込むといった行動パターンも見せます。
私も同じようにして、右回りに自宅建物に沿って歩きます。ネコが潜みそうなすき間、隠れ場所を見つけては確認していきます。でも奥さんが言うように、敷地内にはたいちゃんの姿や痕跡は見つかりません。
となれば、近隣の家を一軒一軒まわって捜していきます。ただ、いつもとは勝手がまるで違うのです。なにしろ超高級住宅街ですから、どのお宅もずば抜けて大きいのです。門の入り口に警備員がいるような物々しい家もあり、玄関に立つだけで気後れしてしまいます。
こんな場合に頼りになるのは飼い主さんです。奥さんと一緒にご近所を訪ねては、ピンポンとブザーを鳴らします。昼間は留守にしている家も多い一方、インターフォン越しに話すことができたら、こちらの事情を伝えます。
■外に出たことがないため自宅が分からないのかも
「うちのネコがいなくなってしまって、ご近所を捜しているんです。ちょっとお宅を見せて頂けませんか」
切羽詰まった奥さんの声を聞いて、家の敷地内へ入れてくれる人もいました。どこも広い庭があり、植え込みや軒下をくまなく捜してまわります。そうして一軒一軒潰していくのですが、迷い猫の姿を見かけたという目撃情報はありません。
住宅街の道路も捜します。排水溝を覗いたり、ネコが好みそうな物陰があれば潜ってみたり、とにかく目につくところはもれなく確認していきます。それでもたいちゃんは見当たりません。住宅街の裏手は小高い山になっていて、草むらの奥に潜んでいるのではと登ってみましたが、ここでも見つかりませんでした。
どうも、近くにはいないようだ。
年齢から考えると、たいちゃんは人目につかない物陰やどこかの庭先に隠れているという予想でしたが、少し違ったようです。外に出たことがないため、自宅の位置が分からずに戻って来られないのかもしれない。迷子になってしまっているのかもしれない。
歩くのもおぼつかないというたいちゃんは、機敏に身を隠すことはできません。ならば豪邸の門が連なる表通りをうろうろ歩きながら、自分の家を探している可能性もあります。
「たいちゃんはもう少し遠くにいるかもしれませんね」
私は用意したチラシを投函しながら、たいちゃんが歩きやすそうなルート、冷たい風を避けられる場所、ふらふらと歩いて落ちてしまっているかもしれない排水溝などを確認し、捜索の範囲を広げていきます。
日が落ちて夕闇が迫ります。でももしかすると、誰かがたいちゃんの姿を見ているかもしれない。チラシを見た方からの情報提供にも望みをかけます。
■「そのネコを見ましたよ」
「そのネコを見ましたよ」
思いがけず山崎さん宅に連絡が入ったのは、その日の19時頃でした。すっかり暗くなり、冷え込みも厳しさを増しています。
その電話があったとき、私は数軒先のお宅の玄関先に立つ警備員さんに聞き込みをしている最中でした。そこに奥さんから電話が入ったのです。
「藤原さーん、たいちゃん、たいちゃんがー? ※☆△◎」
後半は何を言っているのかまったくわかりません。
「ちょっと、私、戻りますね」
何か動きがあったに違いありません。ご自宅に向かって走ると、近付くにつれ奥さんが携帯に向かって叫んでいる姿が見えてきました。
「もしもしどこ、そこはどこなの? ああ藤原さん、たいちゃんを見かけた人と電話で話してるけどちょっと分からないの」
「もしもしお電話代わりました。ペットレスキューの藤原と申します」
電話口の女性は、近隣で陶芸教室をひらいている方でした。
「今日、お昼にそのネコを見ましたよ。写真も撮っているんです」
昼時に外へ出たところ、門の前で迷い猫を見つけ、生ハムと水を与えてくれたといいます。夕方になって私たちが配ったチラシを見つけ、連絡してくれたのです。
「ありがとうございます。すぐに向かいます」
奥さんに事情を説明すると、奥さんが意外なことを言い出しました。タクシーを呼ぶというのです。「近くですから走っていけば断然早く到着するので」とお断りするのですが、「一刻も早く向かってほしいから」と話を聞いてくれません。
■「大声を出して捜し回る」のは厳禁
一緒にいたお姉さん夫婦がここは藤原さんに任せましょうと説得してくれて、やっとその場が収まりました。私はキャリーケースを預かり、目撃情報の場所へと走ります。すると、奥さんが後ろから何やら叫びながら追いかけてくるのです。それほどにたいちゃんに会いたくて、無事を確かめたくて、たまらないのでしょう。その気持ちは痛いほどわかります。
でも、あまり大騒ぎをすると、驚いてまた逃げてしまうことがあります。じつはこのケースに限らず、ペットを捜すときに「必死になって名前を呼ぶ」「大声を出して捜し回る」というのは厳禁です。「おかしいな、いつもと違う」と感じたペットが、姿を現してくれることは決してありません。物陰に潜んだり、隠れたり、あるいはその場を避けて逃げ出してしまいます。
どんなに不安でも、そこはぐっと堪えながらいつもと同じように名前を呼ぶこと、走って駆け寄ったりしないことが肝心です。山崎さんの奥さんには申し訳ないのですが、ここは一人で素早く向かいます。
陶芸教室の女性に話を聞き、撮った写真を見せてもらいました。たいちゃんに間違いありません。生ハムと水をもらったあと、どこに行ったのか。周囲を見ると、この敷地内のどこかに身を潜めているのではないかと思いました。
そこで女性が言います。
「いま出ているうちのイヌが、もうすぐ帰ってくるんですよ」
たいちゃんがもしその姿を見たら、おそらく逃げてしまうでしょう。イヌが帰ってくるまでに急いで捜さなければなりません。
裏庭へまわりこむと、すぐに物置にしているという建物に目が留まりました。
■捕まって初めて人の気配に気づいたようだ
あたりは暗闇で何も見えませんが、ここにいるという気配を感じます。物置の縁の下に近寄りながら懐中電灯を照らすと、光の輪の中にたいちゃんの姿が浮かびあがりました。
そっと近づいても、ずっと横を向いたまま動きません。
「ああ、耳がもう聞こえていないのかもしれない」
奥へ手を突っ込んでも逃げません。思いきって身体をつかまえ、引きずり出してキャリーケースの中へ押し込みました。たいちゃんはまったく抵抗もせず、捕まえられたときに初めて人の気配に気づいたようで、呆然(ぼうぜん)としている状態だったのです。
「たいちゃん、たいちゃーん! 」
そのとき通りの方から、奥さんの声が聞こえてきました。静まり返った住宅街に響き渡るようでした。女性にお礼を伝えるとすぐ、私はキャリーケースを抱えて奥さんの方へ急ぎました。
奥さんは道にしゃがみこみ、たいちゃんの名前を叫んでいました。私はキャリーごとそっと手渡しながら伝えました。
「間違いなくたいちゃんですよ。とりあえず元気そうです、よかったですね」
自宅の門の前では、仕事から戻ったご主人に迎えられました。世界的に知られる専門分野の会社経営をされているといい、冷静沈着で風格ある雰囲気が伝わってきます。またお姉さん夫婦に加えて、甥御さんも駆けつけてきていました。
無事に戻ったたいちゃんを見て、皆さんはもう号泣しています。たいちゃんのほうはまあ淡々としていましたが、ホッと安心はしていたはずです。リビングに戻り、キャリーケースを出たたいちゃんは5匹のネコたちに迎えられて、すぐ自分のお気に入りの場所に向かいました。
■空き巣には遭ったけど「一番の宝物が戻ってきた」
真冬の寒さの中で、3日間。食べ物と水をくれた女性の助けがあって、奇跡のように自宅に戻れたことは間違いありません。まさに100歳のネコ、たいちゃんの思わぬ大冒険でした。
新年早々、思いもよらない空き巣事件に遭ったご夫妻も、きっとたいちゃんの帰還で、日常に戻っていくでしょう。そう確信できるほどに「一番の宝物が戻ってきた」という喜び方でした。
とはいえ、家族のためにあれほどの環境を整え、防犯対策をしていても、思わぬリスクからネコがいなくなることがあるのです。
落ち着いた奥さんが、こう話してくれました。
「ちょっと前に、藤原さんのことをたまたまテレビで見たんですよ。その時に『うちの子たちに何かあったら、この人に頼もう』と思ったんですけどね、まさか本当にお願いすることになるなんて。こんなことがあるなんて」
もう1日でも依頼の電話が遅かったなら、たいちゃんは体力的に持たなかったかもしれません。依頼に応えられて、見つけられて、本当に良かった──。
「見つかって本当に、嬉しいです。皆さん、頑張りましたね」
そうお伝えして、私は次の捜索現場へと向かいました。
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藤原 博史(ふじわら・ひろし)
ペット探偵
1969年、兵庫県生まれ。迷子になったペットを探す動物専門の探偵。97年にペットレスキュー(神奈川県藤沢市)設立、受けた依頼は3000件以上。ドキュメンタリードラマ「猫探偵の事件簿」(NHK BS)のモデルに。著書に『ペット探偵は見た!』がある。
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ペット探偵 藤原 博史