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ここ数年、全国で地震や水害など自然災害が頻発する中、地方自治体のペット避難対策が遅れている。環境省はペットといっしょに避難する「同行避難」を原則とするガイドラインを作成し、市区町村にペット受け入れの避難所運営マニュアルを作成するよう呼びかけているが、反応は鈍い。九州保健福祉大社会福祉学部の加藤謙介准教授(社会心理学)は「1995年の阪神・淡路大震災以降、ペットの避難をめぐってさまざまな問題が指摘されてきたが、各自治体で十分な対策が講じられているとはいい難い。行政と市民がより連携して災害への備えを進める必要がある」と指摘する。
【詳細な図や写真】岡山県総社市がペット同伴避難所を設けた総社市役所西庁舎。水害があった倉敷市真備町から多くの住民が避難した(写真:筆者撮影)
●総社市が西日本豪雨の際、自治体主導で初のペット避難所
2018年7月の西日本豪雨から約1カ月後、51人の死者を出した岡山県倉敷市真備町は民家の前に大量のがれきが積み上げられ、1階部分に泥水に沈んだ跡がくっきりと残っていた。堤防の決壊で市街地の大半が浸水したため、住民の姿はほとんど見えない。まだ避難所生活を強いられていたからだ。
住民は倉敷市だけでなく、高梁川を挟んで対岸の岡山県総社市にも多数避難した。そんな中、総社市中央の総社市役所西庁舎では自治体主導としては全国初のペット同伴避難所が開設された。
最大で20世帯以上、20数頭の犬猫が飼い主とともに避難生活を送ったが、水害でわが家を追われた真備町の住民が大半を占めた。真備町から避難した女性によると、そばに飼い主がいて安心したのか、犬や猫がほえたり騒いだりすることがなく、避難生活はスムーズに進んだという。
しかし、真備町では自宅に取り残され、厳しい暑さで衰弱した犬の姿も見られた。この女性は「私は愛犬といっしょに避難できたが、同行避難をあきらめざるを得なかった飼い主を思うとつらい」と涙をにじませていた。
総社市では当初、総社市三輪の市スポーツセンターでペットも受け入れていた。しかし、スポットクーラーの使用でブレーカーが落ちるトラブルが相次ぎ、片岡聡一市長の判断で同伴避難所を設置した。ペットは家族という飼い主の思いを受け止め、ペットをケージに入れて飼い主のそばに置くことにしたわけだ。
総社市危機管理室は「猛暑の中、ペットを外に置くのは好ましくなかった。スムーズに避難所を運営できたのは良かった」と振り返る。
総社市が真備町の住民を受け入れているのを受け、倉敷市も7月下旬になって倉敷市玉島陶の穂井田小学校に同伴避難所を設けた。倉敷市防災危機管理室は「ペットと車中泊している住民もいた。体力の限界を迎える前に受け入れたかった」と説明するが、飼い主らから相次いで不満の声が寄せられていた。
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●ペット受け入れのマニュアル作成、自治体の反応鈍く
環境省によると、2011年の東日本大震災では福島県で約2500頭、岩手県で約600頭の犬が死んだと報告されている。福島原発事故の避難区域に置き去りにされて野生化したペットの姿に悲しみ、ペットの受け入れを拒む避難所のあり方を問題視する声が上がった。
これを受け、環境省は2013年、ペット同行避難のガイドラインを作成するとともに、全国を8つのブロックに分けて同行避難の図上訓練を実施してきた。さらに、市区町村には避難所でのペット受け入れ方法を定めたマニュアルを作成するよう呼びかけている。
しかし、市町村で検討作業はそれほど進んでいない。西日本豪雨の被災地である岡山県でペット同行避難のマニュアルを作成したのは総社市だけ。27市町村中、ざっと半分は防災計画の中にもペット避難の記述がない。岡山県生活衛生課は「環境省や県のマニュアルを参考に市町村に続いてほしいのだが、動きが鈍い」と首をかしげる。
最近、大きな災害が発生していない富山県では、同行避難のマニュアルを策定した市町村はない。富山県生活衛生課は「検討を始めた市町村はあるようだが、まだ形になっていない。やらなければならないという気持ちはあるはずなのだが……」と話した。
市区町村の対応が遅れている原因としては、動物やペットに関する知識を持つ職員が少なく、人命優先でペットの避難まで手が回らないことが挙げられる。動物を扱う部署と災害に対応する部署の連携も不十分なままだ。
環境省動物愛護管理室は「市区町村の対応は遅れている。平素から対応を考えておかないと、災害時にスムーズな避難所運営は難しいことを理解してほしい」と呼びかけている。
●阪神大震災以来の教訓、次の災害に生かされず
ペット避難の問題は阪神・淡路大震災のころから上がっていた。しかし、その教訓はその後の中越地震、東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨、東日本豪雨と災害が相次ぐ中、生かされることなく、同じ課題が再浮上している。
2019年秋の東日本豪雨では、さいたま市広報課が公式ツイッターでペット同行避難を呼びかけ、飼い主らから称賛された一方、浸水した自宅の2階に取り残された埼玉県川越市の中学1年生男子が消防隊に救助された際「猫を飼っているので、避難できなかった」と述べたことが報道され、全国的な話題を集めた。
SNS上には「家族で避難所へ行ったが、ペットの受け入れを断られた」「近くに受け入れてくれる避難所がない」などと不満の声が上がっていた。
ペットの受け入れ方を決めるのは、最終的に避難所の判断になる。人命を守ることで手いっぱいになり、ペットのことまで手が回らない混乱ぶりがうかがえた。
岐阜県岐阜市のNPO法人「人と動物の共生センター」で理事長を務める奥田順之獣医師は「災害時の対応は自助、共助が基本で、何もかも自治体頼みにしてはいけない。飼い主は普段からいざというときの避難先を複数視野に入れるなど、ペットを連れて避難する準備をしておくべきだ」とアドバイスする。
●事前に地域で議論することが必要
ペットフード協会によると、全国で飼育されている犬猫の数は2019年で犬約880万頭、猫約980万頭と推計されている。犬の数は2008年の約1310万頭をピークに減少しているが、猫はここ数年増加傾向を続けている。
しかし、市区町村や地域の自主防災組織で事前にどれだけの数の犬猫が避難所へやってくるかを把握しているところは少ない。その結果、災害が発生し、対応に走り回る中でペットの受け入れについて大慌てで判断を下している。
加藤准教授は「災害時の避難所には、動物嫌いだけでなく、高齢者や障害者らさまざまな事情で動物といっしょに暮らせない人も身を寄せる。しかし、いたずらにペットを排除すると、飼い主がペットとともにいるためにリスクの高い避難行動を取る危険性がある。みんなが助かるためにどうすればいいのか、地域で考えてほしい」と提言する。
阪神・淡路大震災から25年。これだけの歳月が過ぎても同じ問題が場所を変えて浮上する現状は、決してほめられたものではない。市区町村が先導し、地域での議論を至急進める必要がありそうだ。
政治ジャーナリスト 高田 泰(たかだ たい)