Yahoo! JAPAN在来種を締め出しアオコ発生の一因にも、ミシシッピアカミミガメ
米国ニューヨークのモーニングサイドパークにある緑色のよどんだ池は、大鍋に入ったエンドウマメのスープのようだが、まったくもっておいしそうではない。発泡スチロールのカップとビニール袋が、緑色の泡と一緒に池のへりに浮かんでいる。ニューヨーク市の公園にある人工の池と聞けば、多くの人が思い浮かべそうな光景だ。
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それでも、ここでは生命が暮らしている。池を眺めるベンチの向かいでは、岩盤が露出し、その上を水が細く流れる。数本のシダレヤナギが水面に向かって枝を垂らしており、その下の池の縁に沿って列を作っているのが、100匹近いカメだ。春の日差しに甲羅が照らされている。
このカメはミシシッピアカミミガメ(Trachemys scripta elegans)という。ミシシッピ川とメキシコ湾に面した地域が原産地で、米国のペット取引で最も人気のあるカメだ。カメ養殖業者が産業規模で繁殖させ、ペット小売業者に卸される。
国際自然保護連合(IUCN)によれば、1989年から1997年の8年間に、5200万匹を超すミシシッピアカミミガメが合法的に米国から主に中国へ輸出された。ペットショップ、露天商、そしてオンラインのネットワークを通じて違法に売られる数は、それよりずっと多い。
ミシシッピアカミミガメは、頭の両側にある鮮やかな赤い斑点が耳のように見えることから、こう命名された。IUCNが指定する「世界の侵略的外来種ワース100」にずっと名を連ねている。飼育には大型の水槽と高価なろ過システムが必要な上、長くて50年生きることもあると知り、外に放り出してしまう飼い主が少なくない。
実際、この池のミシシッピアカミミガメの最大90%(ほとんどは濁った水中に隠れている)は元々ペットだった可能性が高いと、アレン・サルツバーグ氏は言う。氏は爬虫類・両生類学を扱う「ハープダイジェスト・ニューズレター」の発行人であり、非営利団体「ニューヨーク・ウミガメ・リクガメ協会」の長年の会員でもある。
これら捨てられたカメたちは、ニューヨーク市の都市生態系にとってかなり困った存在になりつつある。在来種のカメを締め出し、有害な藻類を地域の水路に大発生させるほか、人間にサルモネラ菌をうつす可能性さえある。
この現象はニューヨークに限ったことではない。ミシシッピアカミミガメは現在、米国のほとんど全ての州にすみつき、ハワイにまでいる。侵入した個体数を集計するのは難しいが、市民科学者らが使っている生物観察アプリ「iNaturalist」の数字によると、過去10年間に、米国のほぼ全ての住宅地と都市部で数万匹が確認されている。
「とことん前向きな生き物です」
南部から来たにもかかわらず、ミシシッピアカミミガメはニューヨークの生活にうまく順応している。「とことん前向きな生き物です」とサルツバーグ氏は言う。「ある物は何でも、最大限に活用するのですから」
例えば、餌が不足していれば、代謝を落とすことで何カ月も食べずに生きられる。逆に、モーニングサイドパークのように餌に困らない環境ではどんどん大きくなる。実際、池のミシシッピアカミミガメの多くは太りすぎで、四肢と首が異常に太い。魚、昆虫、植物、さらにはポテトチップスなどまで、ほとんど何でも食べるという点も厄介だ。頑丈な甲羅と水中でのスピードも、アライグマやコヨーテなどの天敵から身を守る強力な手段となる。
ミシシッピアカミミガメが爆発的に増えるのに伴い、在来種が苦境に追い込まれている。
ニューヨークの水辺では、さまざまな在来種のカメが、個体数の均衡を保ちながら共存してきた。だが、餌だけでなく、変温動物に欠かせない日光浴のスペースをめぐってミシシッピアカミミガメと競合したせいで、在来カメの個体数が減少している。例えば、トウブニシキガメ(Chrysemys picta picta)はニューヨーク州で最もありふれた種だが、一部地域で数を減らしている。ミシシッピアカミミガメが一因だ。
「セントラルパークには池があります。タートル・ポンドという名前の……」と、サルツバーグ氏は言う。「以前はその池に出かけ、ニシキガメやカミツキガメがたくさんいるのを眺めたものです。それが、今やみんなミシシッピアカミミガメです。妻と私がそこでニシキガメを1匹見かけたのが、2年前のことです」
池の緑色の水も、ミシシッピアカミミガメがもたらす問題だ。緑色になるのは、動物の排泄物に含まれる栄養素を取り込む明るい緑色の藻類のせいだ。この藻類の大発生はアオコと呼ばれ、水中の酸素を消費し、日光をさえぎり、動植物に悪影響を及ぼす。なかには毒性をもつものがあり、2019年には池で泳いだり水を飲んだした犬が複数死亡した。
ミシシッピアカミミガメを飼うことにも、健康上のリスクがある。多くの爬虫類や両生類がそうだが、カメもサルモネラ菌を体内に持っている。しかも、子どもにとっては可愛がるのが容易で、甲羅にほほをすり寄せたり、頭に口づけしたりする子もいる。
こうして、カメから人間にサルモネラ菌が広がる。子どもにとっては致命的になりかねない。
放すのは禁止されているが……
ニューヨーク市の条例は、ペットを外に放すことを例外なく禁じている。しかし、「このような規定に実効性を持たせるには、パークレンジャーが1日24時間、あらゆる公園を隅々まで巡回しなければならないでしょう」と話すのは、クリストファー・ジョーヤ氏だ。氏はブルックリンにある中学校の理科の教師で、州から認可されて野生生物の治療を行うネットワーク「アーバン・ユートピア・ワイルドライフ・リハビリテーション」のボランティアも務めている。
2019年、11歳の生徒たちに、ジョーヤ氏が野生生物の治療とリハビリテーション(野生復帰)の単元を教えていた頃のこと。生徒の1人が箱を手に登校し、ジョーヤ氏のデスクに誇らしげに置いた。中にミシシッピアカミミガメが1匹入っていた。
その生徒は、ある飼い主が持て余したカメをプロスペクト公園の芝生に放す様子を見ていたという。飼育動物は野生の生活に適さないとジョーヤ氏から教わっていた生徒は、すぐにそのカメを拾いに行った。
「教師として、素晴らしい瞬間でした」とジョーヤ氏は振り返る。「『すごい! 学んだことが身についていたんだね』という気持ちでした」
ジョーヤ氏は、このカメの新しいすまいはなかなか見つからないだろうと思った。ペット市場でミシシッピアカミミガメは飽和状態であり、ニューヨークにカメの保護・レスキュー団体は少数あったが、これ以上引き取ることはできなかった。
ジョーヤ氏は、自ら数百ドルを出して約190リットルの水槽を買い、拾われたミシシッピアカミミガメを教室で飼うことに決めた。クラスの生徒たちはカメを「ピース」と名付けた。
カメに責任はない
ある日のこと。モーニングサイドパークの池で、子どもたちのグループがカメを眺めていた。女の子が1匹を手に取って水から出し、腕を伸ばして持ち上げた。カメが空中を泳ぐように足を前後に動かすと、キャーッと歓声を上げた。ジョーヤ氏が近づいて行くと、女の子は足元のコンクリートにカメを落とした。
「カメは甲羅に触れるものを、人の皮膚みたいに感じ取れるって知ってた?」 無傷のカメを水の中に戻したジョーヤ氏は、子どもたちにこう尋ねた。「カメの背骨は、実は甲羅そのものの中にあるんだ」
ペットを飼うことの責任について子どもたちを教育すること以上に、ジョーヤ氏もサルツバーグ氏も、ニューヨーク市のミシシッピアカミミガメ問題に対するすぐれた解決策はないと認める。フェイスブックには、ペットのカメの里親募集広告を投稿できるグループがあるが、需要よりも供給の方がずっと多い。
人道的な安楽死はカメにとっても、カメに傷つけられる環境にとっても、最も現実的な選択肢であることが多い。とはいえ、ジョーヤ氏にとっては最後の手段だ。
「誰であれ、動揺させてしまったら申し訳ないのですが……」とジョーヤ氏は言いよどんだが、子どもたちに目をやった。「いや、そうじゃありません。申し訳なくはないのです。そもそもカメを飼うときに、あらかじめよく調べておくべきなんです」
文=CAROLINE HOPKINS/訳=高野夏美
posted by しっぽ@にゅうす at 03:08
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