動物 しっぽニュース
認定NPO法人HOKKAIDOしっぽの会

2015年12月27日

猫と日本人

NHKエコチャンネル


あなたはネコ派ですか? それともイヌ派ですか? パコちゃんは100%ネコ派です。
きょうはネコ偏愛の日本文化史です。

猫。この素晴らしい生き物はいつ頃日本にやってきたのでしょうか。
文献上記録に残る猫一号は、平安時代初期に唐から渡来し宇多天皇が愛育したという黒猫です。天皇の日記(『寛平御記』)には、「私の黒猫は毛色が美しくネズミ捕りもうまく、寝ると玉のようで歩く姿は雲の上をいく竜みたい…」とお褒めの言葉がずらり。
宇多天皇に続く歴史的猫好きといえば平安時代中期の一条天皇で、彼は飼い猫に「命婦のおとど」という高貴な名前と爵位を与え、乳母までつけたという人です。『枕草子』によると、ある時この乳母がちょっとおどかすつもりで「命婦のおとど」に犬をけしかけました。ところが翁丸という名のこの犬は本気で走りかかってしまい、現場をおさえた天皇はたいそう怒って乳母を宮中出入り禁止にし、不幸な翁丸は島流しの刑に……。
さらに天皇は人間の赤ん坊に行う“産うぶ養やしないの儀”を猫のために行い、家臣を列席させたらしいのですが、これはさすがに「奇怪の事」と陰口が残されています。一条天皇の“ペットバカ”は少々おおげさな例ですが、この頃の猫は超高級な輸入品として貴族の間で丁重に扱われていたようです。
平安貴族は大切な猫を綱でつないで飼育しましたが、『源氏物語』ではその猫が危険な不倫の手引き役に。年若い女三宮を2番目の正室に迎えた源氏でしたが、女三宮はもともと源氏の息子である柏木が奥さんにと願った人でした。思い人を父にとられて悶々とする柏木くん。彼が庭で蹴鞠遊びをしているときのこと、六条院から駆けだした猫の綱で御簾がまくれあがり、中にいた女三宮の姿があらわになります。当時貴族の女性が男性の前に姿をさらすのは滅多にないことでした。女三宮を間近に見た柏木の煮詰まる恋心は爆発し、彼はせめて手の届かない女三宮の代わりにと策を弄して彼女の飼い猫を手に入れます。さすが光源氏の息子、尋常ではないですね。
つひにこれを尋ねとりて、夜もあたり近く臥せたまふ。明けたてば、猫のかしづきをして撫で養ひたまふ
(若菜 下『源氏物語』)
(柏木様は)ついに猫を手に入れて自分の近くにお寝かせなさる。夜が明けるとすぐ猫の世話にとりかかり、大切に撫でてお育てになる
『ハイビジョン特集 源氏物語』女三宮、『ハイビジョン特集』御簾をまくったねこ
室町時代に入ると舶来品だった猫も庶民の間に広まり、江戸時代には猫が主役のお話も生まれました。
歌川国芳の肖像画、国芳作 猫の当て字『朧月猫乃草紙』は山東京山(文)、歌川国芳(絵)の猫好き二大スターによる大衆娯楽作品。カツブシ問屋の飼い猫とらさんと駆け落ちした、メス猫おこまの一代記です。
人は辛抱が大事、猫は糞仕が大切。びちびちが治ったからは、どのよな所へ貰われて、言い交わしたとらさんに巡り逢うまいものでもない。
家を出た二匹はさるお屋敷の縁の下に住みつこうとしますが、愛しいとらさんは犬に追われて失踪。残されたこまは屋敷のお姫様に拾われて、魚はオール骨抜き、鯛の蒲鉾までいただくリッチな生活を送ります。しかし贅沢な食事が災いしてどうもお腹の調子が悪いよう……。
そんなある日、こまはこともあろうに姫様のお膝の上で粗相をしでかし、お屋敷を追い出されてしまいます。専用の蒲団にお風呂、体にはお香を焚き込まれる生活は終わりを告げ、「猫は糞仕が大切」、つまり飼い猫はトイレの始末が肝心と悟ったこまの、とらさん探しが始まります。

『吾輩は猫である』初版と夏目漱石いくら人間だって、そういつまでも栄える事もあるまい。
まあ気を永く猫の時節を待つがよかろう。
夏目漱石(『吾輩は猫である』)
日本で一番有名な猫といえばこれでしょう。「性の悪い牡蠣のごとく書斎に吸い付いて、かつて外界に向って口を開ひらいた事がない」という無精で胃弱な英語教師の家に住み着いた猫氏が、この牡蠣的主人や彼の元を訪れる客たちを観察し、猫の目から見た人間界を語ります。
モデルは漱石の家に迷い込んだ黒猫で、漱石が猫の死亡通知を出したというのは有名な話。奥さんの方も猫の月命日には鮭一切れと鰹節をかけたご飯を欠かさずお供えしたそうですが、晩年具合の悪くなってきた猫への漱石と妻の対応はなんだか冷たいし、小説の猫と同じく名前もつけなかったようで、この夫婦が猫に抱いていた感情は不思議です(「猫の墓」『永日小品』)。

四月二十六日金曜
晴曇晴曇。夜雨。
今朝も昨日からの続きでくよくよして、涙が流れて困る。夕方近くなり、夜に入れば、一寸したはずみで又新しく涙が出て、ノラがいつもいた廊下を歩くだけで泣きたくなる。雨の音が一番いけない。
151218_007.jpg最後にご紹介するのは、作家・内田百閧ェいなくなってしまった愛猫を探す日々を記録した随筆『ノラや』。ノラはまだ子猫だった時に百闡の庭に迷い込み、夫妻に育てられた猫でした。百閧ヘノラ捜索の手がかりに新聞広告を出して何千枚ものビラを刷り、寄せられた目撃情報は残らず確認しますが、どれもノラではありません。庭からあまり出ることもなく、百阨v妻に至れり尽くせりのご飯をもらっていたノラは外でどうしているでしょうか。
ノラの失踪以来、毎晩知人を呼んで夕飯をとった百閧フ寂しさは大変なものでした。いい加減自制しようと思っても涙が止まらないこと、ノラの帰宅を想像すると想像する前よりも辛くなることが、日記形式で実に切々と綴られていきます。風呂の蓋で寝ていたノラを思い出すからと風呂にも入らず、すっかり痩せて視力も落ちた百閧フ姿が痛々しい。雨の明け方に百閧ェ想像したノラの濡れそぼる耳や、愛猫の好物を書いたさりげない文章が、泣けてたまらない究極の猫本です。
この写真でお別れです。ネコ好きの和菓子屋さんの創作菓子。色とりどりの肉球です。
では、また!


posted by しっぽ@にゅうす at 07:33 | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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