動物 しっぽニュース
認定NPO法人HOKKAIDOしっぽの会

2017年08月13日

絶品「1本1100円の牛乳」は牛の幸福度が違う 酪農業界の常識を破る「なかほら牧場」の挑戦

Infoseek


松屋銀座(東京・中央区)の地下で、売り場の一角を占める「なかほら牧場」の店舗。ソフトクリームやバター、ヨーグルトドリンクなどの乳製品がずらりと並ぶ中、ひときわ目を引くのが、大きな瓶に入った牛乳だ。

値段は、720mLで1100円(税別)。リッターあたりに換算すると1600円以上だから、200円程度の市販の牛乳と比べると、約8倍。決して買いやすい値段とはいえないが、一番の人気商品だ。「一度飲んだらやめられないと、定期的に買いに来られるお客様もいます」(店舗スタッフ)。いったい、この値づけにはどのような背景があるのだろうか。

■「牛乳パックの風景」は当たり前じゃない
岩手県下閉伊郡・岩泉町の標高700〜850mの北上山地に、この牛乳を生産する「なかほら牧場」はある。

まず目に飛び込んできたのは、山の稜線をのんびり歩く乳牛たち。市販の牛乳パッケージによく描かれる風景なので、多くの消費者は牛を飼う牧場ではこれが当たり前だと思っているかもしれない。だが、実際のところ日本ではほとんどが牛舎酪農であり、多くの牛は草地を自由に歩くことがない。ここは牧場長・中洞正氏が自らの理想である山地(やまち)酪農を実践する、日本では珍しい牧場なのだ。

中洞氏の酪農は、昨今急速に浸透してきた「エシカル(倫理的)消費」という考え方にもかなう。エシカル消費とは、環境や社会に配慮した製品やサービスを選んで消費すること。

その要素の1つに、人間のために犠牲になる動物の尊厳を重んじる、“アニマル・ウェルフェア(動物福祉あるいは家畜福祉)”という考え方がある。動物愛護の観点から、いっさい動物性食品は口にしないビーガン(VEGAN)も増えているが、世界中で人間に利用される動物の数は600億と言われ、その廃絶は困難だ。そこで、より現実的な考え方として打ち出されたのが、人間の動物の利用は可としながらも生き物としての尊厳に配慮するアニマル・ウェルフェアだ。なかほら牧場の酪農は、この考え方と本質的に一致している。

アニマル・ウェルフェアの重視が叫ばれるようになった背景にあるのは、畜産現場の劣悪な飼育環境だ。

日本では、生産効率を上げるための工場畜産が一般的で、畜舎での牛の囲い飼いやつなぎ飼い、豚のストール(食用豚繁殖のために母豚を拘束するおり)飼育、食用鶏の密飼い、採卵鶏のケージ飼い等、動物の行動する自由を著しく奪う畜産が行われている。乳牛の場合、牛舎内では危害を及ぼす可能性のある角が切り取られ、搾乳作業の邪魔になる尻尾も切られてしまっていることは多い。

さらに、エサとしてトウモロコシを中心とした穀物が与えられることにも問題がある。本来、牛は優れた消化吸収システムを使って繊維質の多い草の強固な細胞膜を分解することができる。だが、現在牛のエサとして一般的なのは、穀物だ。狭い牛舎のなかで高栄養・高カロリーの穀物飼料を毎日与えられることで、乳牛の消化障害が多発し、薬剤が多用されているという。

■牛乳の「濃さ」が付加価値になっている現状
こうした飼育方法が一般化した背景は2つある。1つは、日本の酪農は戦後のアメリカの穀物戦略に組み込まれ、米国産の余剰穀物を利用することが普及したからだ。穀物を与え、効率よく牛を飼育するのには牛舎が適している。

もう1つに、牛乳の「濃さ」が付加価値となっている現状がある。市販の牛乳パックに書かれた「3.8」「3.7」という数字は、牛乳に含まれる乳脂肪分を示す。乳製品の表示法を定めた「乳等省令」においては、乳脂肪分3%以上、カルシウムやミネラルなど脂肪以外の固形分8%以上を含むものを「牛乳」と定義しているが、現在、乳脂肪分3.5%以下の牛乳は見掛けないはずだ(成分無調整牛乳の場合)。乳業メーカーが1980年代ごろから、牛乳の濃度の高さを競うようになったことに加え、農協などでは、1987年に酪農家から買い取る生乳の脂肪比率を3.5%以上とし、基準未満だと価格を引き下げることを決めたからだ。この乳脂肪分の高い牛乳の生産を可能にするのが、輸入穀物主体の配合飼料と牛舎飼いなのだ。

「そもそも、人間が一義的に必要とする食糧は穀物である。畜産業はもともと、気候風土が穀物の生産に適さない地域に発達した食糧調達のための産業だった」と中洞氏は言う。しかし、今の酪農は人間が食べることができるトウモロコシなどの穀物を牛に与え、牛乳や乳製品を作り出している。発展途上国で飢える子どもがたくさんいるなかで、人間の食糧となる穀物で酪農をすることはおかしいとも言う。しかも、牛乳や乳製品を摂取して得られるカロリーは穀物の7分の1しかない。これは「食料の迂回生産」であり、非効率的で続かないと、中洞氏は主張する。

こうして、牛本来の能力が無視され、青空の下を歩くことも許されず、ひたすら牛乳を生産するマシンと化した牛から作られる牛乳は、中洞氏いわく本来の牛乳ではないという。

なかほら牧場の酪農は、こうした従来の考え方とは一線を画す。牧場内では、約100頭の牛が自由に闊歩し、気の向くままに自生する草を食べ、夜も外で寝る。自然交配して人間の手を借りずに出産し、母牛が子牛を自分のお乳で育てる。とにかく自然任せが特徴だ。

山地酪農は国土の3分の2が森林で平地の少ない日本に適した酪農と中洞氏は主張する。荒れた山に牛を放てば、牛が草を食べて下草刈りの代わりとなり、森林の保全も容易となる。山地の名のとおり、牧場には草地ばかりでなく、山林も含まれる。

糞は牧場の至る所でするので、牛舎飼いだと面倒な糞尿処理もなく、そのまま山の肥料になる。牛は傾斜のある牧場を上り下りするため、足腰が強くなり、健康的だ。牛が踏み固めた土地には野シバが生え始め、それは牛のエサになるとともに地面に強く根を張り、保水力が高く美しい草地になっていく。

搾乳は朝夕の2度。どうやって牛を集めるのかというと、時間になれば搾乳場へ自ら牛が集まってくるという。搾乳時にはご褒美のエサがあるので、牛はそれを目当てにやってくるのだ。

■乳脂肪分3.5%以下でも、ご当地牛乳グランプリ
穀物を与えず草だけで育てると、草の水分が増える夏になれば3.5%以上の脂肪分を維持するのは難しいが、健康な牛から搾る牛乳は、脂肪分が3%そこそこでも十分においしいという。白黒模様のホルスタイン種よりもコクのある牛乳を出すジャージー種であることもさらにおいしさにつながる。

さらに、殺菌方法にも工夫がある。日本の大手乳業メーカーでは120〜150度で1〜3秒という「超高温瞬間殺菌」が主流。この手法は効率的ではあるが、タンパク質を変性させやすく、焦げ臭が生じる。一方ここでは65度で30分間の「低温殺菌」にこだわっているため、牛乳本来のさわやかな風味が残る。こうした過程を経たなかほら牧場の牛乳は、2013年の「ご当地牛乳グランプリ」で見事「最高金賞」に選ばれた。

もっとも、効率的な生産方法とはほど遠い。配合飼料を与えた牛と比べ、1頭あたりの搾乳量は4分の1ほどだ。草を食べ尽くされないようにするため、放牧頭数にも限りがある。また、牛舎飼いの場合、子牛が母牛のお乳を飲むのは出産後5日間ほどの初乳だけ(生まれてすぐに引き離され、人間が与える)で、あとは代用乳(粉ミルク)を与えるが、なかほら牧場の場合、子牛は外で母牛と暮らし、その乳で育つ。ここでは「お乳は子牛のもの。人間はそのお裾分けをいただく」という考えなのだ。

当然、牛乳の値段は吊り上がる。前述のとおり、なかほら牧場の牛乳は720mLで1100円(税別)と、市販の牛乳の8倍もの値がついている。この高い牛乳を、いったいどうやって売っているのだろうか。

中洞氏は、農協等との関係を断ち切って、自ら販路を模索する道を選んだ。そうして2005年にある投資家と手を組んだところ、あえなく失敗。牧場経営から手を引くことを考えるほどの窮地に陥った。

■設備や販売で支援受け、百貨店やネットで人気に
そんなときに支援を名乗り出たのが、広告・インターネットなどの情報通信サービスを手掛ける株式会社リンクの岡田元治社長だ。中洞氏の経営理念に共鳴した岡田社長は、リンクの資金で牧場に牛乳殺菌・製品製造プラントを建設し、牛乳だけでなく、飲むヨーグルトやプリン、ソフトクリームなどの乳製品も開発した。牧場のホームページを作り、山地酪農の魅力を訴えた。販売はリンクが担い、東京や名古屋の百貨店に専門店を出すとともに、自社サイトやアマゾン、楽天などのインターネット販売にも力を入れた。

こうして、牛乳生産のプロであっても流通や販売のノウハウや手段を持たない中洞氏と、広告などで人や企業をブランディングしてきた岡田氏が手を結んだことで、この高額商品は売り上げを伸ばしてきたのだ。

農協の枠組みから抜け出ることによって、生産方針を自由に選択でき、また、価格決定権も維持できるが、その分コストはかさむ。現在は、牧場から遠い東京や名古屋の百貨店や、インターネットによる通信販売で高級品として販売し、なんとかコストを吸収している。そのため、生産方法はエシカルでも、流通・販売方法はそうとはいえないだろう。

そうした中、中洞氏が目指すのは、山地酪農を実践する若手の育成だ。現在、牧場に併設されている研修棟には年間300人の実習生が訪れ、数日から数カ月かけて、山地酪農を体験している。こうした教育は少しずつ実を結び、なかほら牧場の卒業生が運営している牧場は、熊本・島根・栃木・ 岩手・北海道と全国に広がり、2018年の春は神奈川でも開牧予定だ。

こうして山地酪農の輪が広がることで、各地域でより安く、安全でおいしいエシカルな乳製品が手に入る「地産地消」の時代が来ることを願ってやまない。

posted by しっぽ@にゅうす at 05:00 | 動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする