動物 しっぽニュース
認定NPO法人HOKKAIDOしっぽの会

2018年03月13日

老いた動物と暮らす――あとで後悔しない過ごし方

Yahoo! JAPAN


<16歳の愛犬を亡くした心理カウンセラーが考えるペットロス Vol.12>

 16年一緒に暮らしたゴールデン・レトリーバー「ケフィ」を、2017年4月に亡くした木附千晶さん(心理カウンセラー)。ケフィはメニエール病などと闘い、最後は肝臓がんで亡くなりました。前後して2匹の猫も亡くし、木附さんは深刻なペットロスに陥ります。自分の体験を、心理カウンセラーとして見つめ、ペットロスを考えます。

⇒【写真】元気だったときのケフィ

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「老いた動物と暮らすのは幸せなこと」

 かつて私は、自分のブログにそんな言葉をつづっていました。ケフィがメニエール病で倒れるより、かなり前のことです。そのブログは、こんなふうに続いていました。

「それは心配事がひとつ、またひとつと増えることであるし、以前はしなくてもよかった苦労や世話が増えていくということ。

 いつか終わりが来る明日を意識し、今日の幸せは永遠には続かないことを受け入れる準備をすること。

 そして、そんなふうに心配したり、世話をしたり、愛おしいと思えるほど大切な存在がずっと自分のそばにいてくれたありがたさに気がつくことだ。

『たくさんの幸せを与えてくれている』存在を日々実感できるということは、ほんとうにほんとうに幸せなことだと思う」

 なんて聞き分けのいい、良い飼い主然としたセリフでしょうか。我ながらびっくりです。

◆実際には悪あがきばかりしていた

 確かに私は、ケフィが特発性メニエール病を克服したとき、ケフィとの「ありきたりの毎日」が、実は「有り難い毎日」であることを実感しました。

 ケフィがいるだけでたくさんの幸せをもらっていることも身にしみて分かりました。

「できなくなったことではなく、『今できること』に目を向けて、ケフィと一緒に歩いて行こう」と誓ったことも、嘘ではありません。

 でも、「老いていく動物との暮らしを心から『幸せ』と感じられていたか」と、改めて問われたら……今はちょっと自信がありません。実際には、愛する者が老いていくことを受け入れられず、悪あがきしていた思い出ばかりです。

 ケフィの老化を少しでも遅らせようと、全身の筋肉を使うと聞いた緩やかな坂をジグザグに上り下りする運動や、後ろ足にいいという障害物をまたぐ動き、首から背中を使うひっぱりっこなど、いろいろな運動を片端からやってみました。

 シニア犬の体調管理や健康増進について書かれた本を片手に、ストレッチやマッサージをし、犬用酵素などサプリメントも次々と試しました。

「刺激のない生活だと老化が早まる」と聞き、休みのたびにできるだけケフィが大好きな遊歩道や水辺のある自然の中へと連れ出しました。

「まだまだ大丈夫。やれることはこんなにいっぱいあるんだから」と、自分に言い聞かせながら。

「できなくなったこと」を直視することは、ケフィが回復したことでせっかく棚上げにできた「ケフィを永遠に失う日が来ることを受け入れる」という課題に直面することにつながります。それだけは避けなければならない、どうしても認めることができない事態でした。

◆小さな喪失体験の積み重ね

 明らかにケフィの眠る時間は増え、活動量は減り、じっとしていることが多くなっていました。

 ケフィの様子を見ていると、排泄のときふらつくことも、視野が狭くなってボールが見えにくくなったことも、耳が遠くなって反応が悪くなっていることも、認めざるを得ませんでした。

 体の機能全体が落ちたため、好奇心を発揮するよりも慎重に行動するようになったことも、疑いようがありませんでした。残念ながら、ケフィの人生が下降線をたどり始めていることは、だれの目にも明らかだったのです。

 ケフィが我が家に来てからというもの、私の毎日はケフィを中心に回り、ケフィとの時間で埋め尽くされていました。

 朝のボール投げ、散歩、ケフィが喜ぶゴハンの用意、一緒のドライブ、トレッキングや水遊び……。楽しんでいるケフィを見ることが私にとって何よりの喜びであり、ケフィの笑顔が私の元気の源でした。

 そんなケフィとの時間が無くなるなんて、想像することさえできませんでした。

 私にとって、できないことが増えていくケフィを見ていることは、少しずつ欠けていく幸せを目の当たりにしているようでした。

 ケフィが老いていくのと同時に、宝石のようにきらめいていた私の人生が少しずつ輝きを失っていくように感じていました。

 メニエール病で倒れた後のケフィとの暮らしは、私にとって「小さな喪失体験の積み重ね」でもありました。

◆必ずやってくる別れへの準備期間

 老いた動物と暮らすということ。

――それは、幸せを与えてくれるかけがえのない存在の大切さを再認識すること。たくさんの喪失を重ねながら、どんなにあがいても時間は巻き戻せないという現実の前であがくこと。そして、最愛の命を見送ったとき、なるべく後悔しないよう、できる限りのことをすること。今はそんなふうに思えます。

 愛する者を失ったときに持ちやすい感情として、罪悪感と怒りが挙げられますが、それはどちらも最愛の命に対して「何もしてあげられなかった」という自責の念や、「その死を防ぐために何もできなかった」という無力感に由来すると言われています。

「自分はやれるだけのことはやった」と思えることは、やがて訪れるだろうペットロスを軽減させてくれる効果があります。

 老いた動物と暮らす時間は、先に逝ってしまう動物が、「飼い主の負担を少しでも軽くしよう」と用意してくれた別れへの大事な準備期間なのかもしれません。

<TEXT/木附千晶>

【木附千晶プロフィール】

臨床心理士。IFF CIAP相談室セラピスト。子どもの権利条約日本(CRC日本)『子どもの権利モニター』編集長。

2018年4月14日(土)13時30分〜16時45分、少人数の「ペットロス」セミナーを行います(港区東麻布、カウンセリングルーム「IFF」相談室内)

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posted by しっぽ@にゅうす at 07:30 | ペット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする