動物 しっぽニュース
認定NPO法人HOKKAIDOしっぽの会

2019年07月13日

「都市化する社会の人と動物」(視点・論点)

NHK



麻布大学いのちの博物館 上席学芸員 高槻 成紀

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動物を研究してきたものとして、人と動物のことを考えてみたいと思います。

動物の話題といえばパンダのシャンシャンでしょうか。生まれた時から大の人気者で、中国へ返す日程が延長されたと報じられました。これは結構な話ですが、多くの人が認識していないことがあります。それはパンダは一体、どういう動物なのかということです。
動物は人間との関係でいえば、家畜とペットと野生動物の3つに分けることができます。家畜は生産動物とも呼ばれ、ウシやブタに代表される動物たちで、肉やミルクを提供する形で私たちの生活に役立っています。家畜の生活は人に管理されており、家畜化される前の原種が絶滅してしまったものもいます。ペットは可愛がられるという形で人の役に立っており、広く人の役に立つという意味で、また、生活を人に管理されるという意味で家畜と同じです。イヌは伝統的には番犬とか猟犬など実用的な働きをしてきましたが、今は家族のような存在になっています。家畜でもペットでもない動物は野生動物です。
 同じ動物でも、このように人間との関係として眺めると大きく性質が違うことがわかり、それによって我々が接すべき姿勢も違うはずです。そういう視点からいうと、パンダはどの動物群になるでしょう。家畜でないことはわかります。野生動物といえばライオンとかゾウなどが連想されますが、シャンシャンはそういう動物とは違うような気がします。ではペットでしょうか。可愛らしいし、白黒の模様も野生動物のイメージとは違います。それにのんびりとタイヤで遊んだり、昼寝をしていたりするので、その点でもペットかなと思います。しかしそれは正しくなく、パンダは紛れもない野生動物です。野生動物とは人間とは無関係に自分の力で生きることのできる動物であり、その環境で長い時間をかけて進化してきました。
 動物園を訪れる人たちはシャンシャンの可愛い面だけを見ますが、その感覚はペット、あるいはぬいぐるみを見るものです。しかし現実にはパンダは絶滅の危険がある野生動物なのです。パンダがなぜ絶滅しそうであるのか、今後どうなるかを考える人はほとんどいません。

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 可愛いとされるパンダの目玉模様を外してみると全然可愛くない顔になります。
これは私たちが外見に強く影響され、勝手にイメージを持つことを示しています。それでも、パンダは良いイメージだから問題は小さいといえます。かわいそうなのは悪いイメージを持たれている動物です。例えば、オオカミは欧米では長い間、悪魔のように毛嫌いされてきました。それはヨーロッパでは長い間、ヒツジを飼育する農業をしてきたからで、そのヒツジをオオカミが襲って殺すことがよくありました。

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おとなしいヒツジ、それも子羊が殺されたのを見た農民はオオカミに強い嫌悪感を持ち、それが悪魔のイメージとつながり、中世には恐ろしい動物として絵画に描かれています。
 ヨーロッパの価値観を持ち込んだアメリカへの入植者はオオカミを見つけると徹底的に殺しました。殺したオオカミの前で撮影した記念写真がたくさん残されています。
日本ではさほど嫌われた動物はいないようですが、コウモリが嫌いな人は多いし、哺乳類以外も考えれば、ヘビは怖がられて嫌われます。特定の動物ではなく、そもそも動物は気持ちが悪い、嫌いだという人は少なくありません。
最近私が電車に乗ってきたとき、車内にアゲハチョウが入ってきました。その時に女性が悲鳴をあげてパニックのようになりました。チョウがパタパタと飛んでいれば多少気にはなりますが、何も実害はありません。その時、私は「ああ、この人は生活の中で昆虫に接することがないのだな」と思いました。
 
このように、偏見によって特定の動物を嫌悪するのは良くないことですが、私にはそれ以上に気がかりなことがあります。それは無関心ということです。
私が調べてきたニホンジカは奈良公園のものがよく知られていて、のんびりと芝生で草を食べる動物というイメージですが、実際には各地で増えすぎて農林業被害だけでなく、山の森林に深刻な影響を及ぼすまでになっています。またイノシシも大きな農業被害を出しています。そのため、こうした動物は駆除されており、シカもイノシシも毎年60万頭もの膨大な数が駆除されています。しかし、多くの人はそのこと自体を知らないし、なぜ駆除しなければならないかも理解していません。都市に住む人が増える中で、動物の実態が捉えられなくなっているのです。「イタチごっこ」という言葉はありますが、イタチを見たことのある人がどれだけいるでしょう。有名な「故郷(ふるさと)」の歌は「ウサギ追いしかの山」で始まりますが、ノウサギを見たことのある人もとても少なくなりました。それだけ現代の日本社会が動物に接する機会を失っているということです。

半世紀にわたって動物を研究してきた私が感じるのは、どの生き物も懸命に生きているということです。絶滅に瀕している動物もいれば、増えすぎて人間との間に難しい問題を引き起こしている動物もいます。しかし、その動物自身が変化したのではありません。問題のほとんどは人間によって動物の生息環境が変化させられたことによるものです。そのことが明らかであるのに、都市住民が増える中でそのことが実感しにくくなっています。
そのことを象徴する意味で、私の好きな古今亭志ん生の噺の枕を紹介します。

「あれ、どうしたんだい。あのカニ、まっつぐ歩いてらぁ」
するとカニが
「ちょっと酔っちゃったもんで」

これがどっと受けるのですが、私はこの話を聞いて昭和の時代の人と動物の関係の空気のようなものを感じます。その時代、誰もがカニを見たことがあり、カニは横に歩くことを知っていました。子供も大人も路地で時間を過ごしたので、酔っ払いがフラフラと横歩きをするのも見たことでしょう。そういうことが前提にあるから志ん生の噺がどっと受けたわけです。しばらく前の日本では、カニだけでなく、さまざまな動物が身の回りにいて、人々はいつでもこういう動物に接して生きていました。そしてカニにはカニの、カエルにはカエルの事情があって、人間とは違う生き方をしている。人にとって意味のないこともそれぞれの動物にとっては大事なこともあるのだということを共有していました。思いやりというほどゆとりのあるものだったかどうかはわかりませんが、動物がいるからと大騒ぎをして徹底的に殺すということはなかったように思います。
冒頭のパンダに戻ると、私たちは動物の外見から勝手なイメージを持ち、メディアからの情報に影響されてステレオタイプに捉えがちです。そのことで、ある動物を熱愛する一方で、別の動物を嫌悪します。都市生活をしていれば動物に接することもなくなりますから、その傾向はますます強くなっています。そのため野生動物のことを知らず、無関心になっています。無知・無関心は偏見を生み、問題がさらに深刻になります。私はこのことがさらに進むことを心配しています。
 本来、動物を身近に感じて暮らしていた日本人が都市生活をするようになって無関心になり、偏見を持つようになりました。その傾向は都市化が進む中でさらに強くなるでしょう。その過程で、人と動物の関係を希薄にするのは望ましくないことです。私たちの社会はそのことを意識し、動物の実情を伝える努力をもっとしなければならないと思います。そして、子供たちに動物や自然のことを教える努力をもっとする必要があると思います。
posted by しっぽ@にゅうす at 00:49 | 動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする