動物 しっぽニュース
認定NPO法人HOKKAIDOしっぽの会

2019年11月16日

保護犬を迎え入れた漫画家が語る「ペットロス」

東洋経済オンライン


「保護犬」や「保護猫」と聞くと、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか――。ペットを飼っている人たちの間で「涙腺が崩壊した」と話題のエッセイ漫画があります。漫画家のおおがきなこさんが上梓した『いとしのオカメ』『いとしのギー』は、WEBに『イヌ日記』として、元保護犬であるオカメ(ミニチュアダックスフントのメス)とギー(元野良の雑種犬・メス)との日々を描いたものを書籍化した作品です。前回の『初めて飼う犬に「保護犬」を選んだ彼女の選択』では保護犬を飼った経緯を聞きました。今回はオカメが10歳のとき、2匹目の元野良犬のギーを迎え入れた経緯、ペットロスについて伺いました。
わが家のミニチュアダックスフントのオカメは元繁殖犬だった。保護団体によって命が救われ、4歳のとき私と出会った。そのオカメが10歳になったとき、2匹目を迎えた。元野良犬のギーである。ギーが来てから、私はWEBに犬の漫画を描き始めた。その半年後、オカメはがんになってあっという間に死んでしまった。

当たり前だが、犬は人より先に逝く。ミニチュアダックスフントの寿命は13〜15歳くらいといわれているそうだ。オカメは10歳で最期を迎えた。平均より短命だった。

ペットロスが怖くて、あらかじめ2匹目を迎え入れた
ギーは熊本から来た元野良犬だ。うちに来たときにはもう、多分1歳を過ぎていただろう。13kgある立派な雑種犬だった。


ギーは人間を怖がって縮こまり、オカメはギーにとくに関心を示さなかった
そのギーが、まだわが家にすら慣れないうちに、オカメは死んだ。まるで入れ替わりのようだった。

2匹目が欲しいと思ったのは、オカメがいなくなった後の自分たちが不安だったからである。

心細さへの不安というより、「こんなに悲しいなら、もう犬を飼うのはやめよう」と思ってしまうんじゃないかという不安だ。そういう気持ちになってしまったら、すごく寂しい。だけど、こんなに早くそのときがくるとは思わなかった。

ギーが来たのが3月。5月くらいからオカメはご飯を食べなくなり、8月終わりに「あと1カ月」と言われ、本当に1カ月後には火葬場にいた。

すべるような半年だった。看取るんだという決心だけで1カ月の日々を運んだ感じだ。


一緒に過ごした半年の間、2匹が近くにいるのはとても貴重だった。体調不良と偏食の原因がわからず、病院通いが続いていた頃(筆者撮影)
最期が苦しくないものであってほしい…
オカメは喉にがんがあり、場所が場所なだけに治療のしようもなく、あと1カ月しか生きられないとわかったときも、「嘘だ、死なないで」とも思わなかった。奇跡も望まなかったし、それまでオカメと過ごしてきた時間やオカメにしてきたことに後悔もなかった。

今思えば、ビビることもできなかったくらい残りの時間が短かったからだろう。ただオカメの最期をきちんとやるのだ、という気持ちでいた。オカメの最期が苦しくないものであってほしい、その一心だった。

やれるだけのことはやったのだ、と思っていた…

だからなのか、亡くなったときの喪失感は薄かったように思える。やれるだけのことはやったのだ、と思っていた。

ペットロスという言葉があるくらい、犬や猫などを亡くしたときは深い悲しみに襲われる。私の場合は無自覚だった。オカメがお骨になった2日後、私の前歯が欠け落ちて、初めて思った。どうやら私は弱っているぞ、と。1カ月間コンビニの食事をしていたせいだけではないと思う。

オカメが大病をしたら惜しみなく使おうと考えていた貯金も、ぼーっとしながらぽいぽいと下ろした。治療も延命もできなかったから、たくさんあった。20万円くらいを服と化粧品に使ったら、あと欲しいものはなくなった。

私はもっと一緒にいるつもりだったのだ。オカメの目が白内障で白くなったり、顔に白髪が出てくるまで、一緒にいるつもりだった。10歳じゃそこまでいかない。短くたって、あと2年は一緒にいられると思っていた。

2匹目のギーに救われた
ズドンとあいた心の穴に、入ってきてくれたのは、やはりギーだ。別に寄り添ってくるわけじゃない。ギーはまだまだ人間が怖い。


家では縮こまっているギーも、散歩に出ると大はしゃぎ。元野良の血が騒ぐのか外にいると楽しそうだ(筆者撮影)
いくらこっちが弱っていようと、毎晩オカメを思い出して泣いていようと、怖いもんは怖い。でもギーは、お散歩だけは好きだった。

オカメとサヨナラした日も、次の日も、その次の日も、ギーを連れて公園に行った。朝は私が、夜は夫が。しばらくは私も夜ついていった。ギーは本当に楽しそうで、それがめちゃくちゃかわいかった。

私は、「かわいい」という気持ちに勝るものを知らない。「悲しい」も「寂しい」も、全部「かわいい」の中にあると思った。

オカメがお骨になったとき、私と夫はすぐに頭蓋骨をなでたのだ。あんなにかわいい頭蓋骨を、ほかに知らない。死んだって、犬はずっとかわいい。


『いとしのギー』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)
ギーがいなかったら、それを忘れようとしていたかもしれない。犬がかわいいってことを、夫と私だけで思い出すのはつらいから。欠けた歯を治して、分けていた貯金通帳は生活費とゴチャゴチャになって、もうよくわからなくなっている。オカメと別れてもう1年。早いとも遅いとも思わない。ただひたすら、今もオカメはかわいいなぁと思う。

ギーとも、もう1年半だ。家の端っこで小さくなっていた野良ちゃんが、今では名前を呼ぶと寄ってくる。5回に1回は。

posted by しっぽ@にゅうす at 08:11 | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする