動物 しっぽニュース
認定NPO法人HOKKAIDOしっぽの会

2020年01月26日

猫を飼うなら「保護猫」をぜひともオススメしたい理由

ダイヤモンド・オンライン



殺処分を減らす目的から、最近ではその存在が広く知られてきた保護猫。長年、保護猫の飼育に勤しんでいる筆者が、彼らの愛らしさと動物を飼う業について語る。(取材・文/フリーライター 武藤弘樹)

最初の分岐点
猫をどこから入手するか
筆者の猫。行きつけの動物病院で保護されていた時の様子
筆者の猫が行きつけの動物病院で保護されていた時の様子
 猫を飼うといろいろいいらしい。このサイトでも先日『「ネコ活のススメ」、猫に癒される暮らしを始めるための基礎知識』という記事が掲載され、詳しくはそちらを参照にされたいが、さて、猫を飼い始めるにあたって「どこから猫を手に入れるか」は大きなターニングポイントである。

 これはざっくり「ペットショップやブリーダーから購入する」か、「保護猫をもらってくる・野良猫(地域猫)を保護する」の2つの選択肢があり、当記事は後者を推奨するものである。

 現在、わが家には猫が1匹いて、この猫は動物病院で保護されたのを譲り受けてきたという出自である。実家には昔から常に猫が1〜2匹いるが、こちらも全て保護猫出身である。保護猫を飼育するには保護猫なりの難しさもあるが、それを補って余りある魅力がある。猫の命は等しく尊く、ペットショップなどで売られている非・保護猫ももちろん最高だが、品種や血統書に特に強いこだわりがないのであれば、猫を飼おうか検討している人にはぜひ保護猫をおすすめしたい。

 長年、保護猫を家猫として飼育してきた筆者の体験をもとに、保護猫の魅力や注意点について紹介していきたく思う。

保護猫を飼うことの社会的意義
人間のエゴでペットを不幸にするなかれ
 愛玩動物で代表的なのは犬と猫だが、世の中全ての犬猫が人に愛玩されて暮らしているわけでは当然ない。行き場を失い、保護され、里親を探すも見つからずさらに行き場を失った犬猫は周知のごとく殺処分される。殺処分という文字だけで胸が張り裂けそうなくらい痛ましいが、それが現実である。

猫は犬と並ぶ代表的な愛玩動物 
猫は犬と並ぶ代表的な愛玩動物(似ているけど、筆者の猫ではなりません) Photo:DIAMOND
 2014年度に熊本市が、自治体の取り組みとしては初めて犬の殺処分ゼロを達成したことは有名だが(残念ながら猫はゼロにならなかった)、この試みの一環には「里親探しに力を入れた」があった。保護された愛玩動物の里親になるということは、殺処分される頭数を1頭でも減らすというまことに素晴らしい行為なのである。

 環境省の資料を見ると、殺処分される犬猫の数が年々減ってきているのは素晴らしいことだが、全国でゼロというには遠く及ばず、平成30年度で犬が約7700頭、猫が3万0800頭である。猫の頭数が犬の4倍近いのは、猫の方が現代日本の野良において繁殖しやすいためであるらしい。

 動物の幸せを考えるとき、人の物差しをそのまま適用するわけにはいかないので、極めて謙虚に、かつ慎重になるべきだが(もっといえば「人間が動物の幸せを考える」こと自体が謙虚ではないかもしれないが)、まさか少なくとも、殺処分される運命がその子にとって幸せであるとは到底思えない。

 里親が見つかることでその子は幸せでない結末を回避し、里親は新たな出合いでうれしくハッピーとなり、実にWin-Winである。

 野良猫の繁殖には無責任な餌やりなどが関係しているようで、根本的なところで「野良猫を増やさない」という制度や住民一人ひとりの意識の変革が求められる一方、既に生まれてしまっている野良猫・保護猫についてはもうどうにかするしかないので、ぜひ犬の4倍近い頭数が処分されてしまっている保護猫を飼ってみるのはいかがかというところである。

 とはいえ、全ての人が犬猫を保護されたところから譲り受けるようになると、今度はペットショップやブリーダーの元にいる動物らが不幸な道筋をたどることになる。

 いわゆる売れ残りのペットは、悪質な業者だと遺棄や処分を行うらしいが、そうでなければ結局どこかに保護されてのちの運命を待つことになる。だから保護された犬や猫を100%どうにかケアできるなら売れ残りに関して頭を悩ますことはないが、「100%ケアする」が現実的ではないので、ペット流通そもそもの仕組み作りから見直される必要がある。

市井の人が保護された愛玩動物について関心を示すだけでもそれなりに意義深いのではないかと考える
市井の人が保護された愛玩動物について関心を示すだけでもそれなりに意義深いのではないかと考える Photo:PIXTA
 ペットを取り巻く制度に関して、日本でも個々を見れば熱心な自治体は見つかるが国全体では到底進んでいるとはいいがたく、ペット先進国のヨーロッパなどに比べて「100年遅れている」という話もあるくらいである。

 一刻も早くなんとかしてください日本と願うばかりだが、世論や気運の高まりが国に制度を変えさせるという一面もあるので、市井の人が保護された愛玩動物について関心を示すだけでもそれなりに意義深いのではないかと考える。

血統書は問題でない
飼えばいやがおうにも愛おしい存在に
 さて、社会的意義は別にしても保護猫はいいものである。なんといってもまず哀愁がある。「うちで引き取らないとこの子の行く末どうにかなってしまうのではないか」という切迫した緊張感が、あの丸っこくて愛らしい背中あたりから色濃く漂ってくるのである。


筆者は過去に実家で血統書つきの、ルックスに秀でた犬を飼っていて、愛おしさ極まって大いに犬狂いとなったが、のちにおそらく雑種であろう、およそルックス芳しくない保護猫たちを飼うこととなり、しかしこの猫たちも犬と同等に愛おしかった。

飼えばいやがおうにも愛おしい存在になる
飼えばいやがおうにも愛おしい存在になる Photo:DIAMOND
 すなわち血統書の有無やルックスは愛おしさとなんら関係ない。その犬をかわいがるとき、ごくたまに「お前は本当にかわいいし毛並みがキレイだなあ。なんといっても血統書つきの立派な犬だからな!」と、飼い主が勝手に誇らしくなって褒める一材料になったくらいのものである。飼って、一度紐帯(ちゅうたい)ができてしまえば血統書など屁の突っ張りにもならない。すなわち雑種であることや「いまいちかわいくない」を理由に保護猫ゲットをためらう必要はないのである。

 実家猫のうちの1頭は手のひらサイズから飼育したが、他は成猫の地域猫出身であった。猫もある程度成長していると個性がもうはっきりしている。幼い頃から成長の過程で性格の発露を見守るのも楽しいが、すでにできあがってしまっている頑とした個性を見せつけられるのもまた楽しい。猫のあの佇まいに、その頑固な個性がまたよく似合うのである。成猫の保護猫との触れ合いにはそうした趣きがある。

猫の性格・タイプを見極める
家猫としてなじみやすいか否か
 野良猫・地域猫で「この子を飼おう」と検討している段階であれば、猫の個性を考慮に入れておいた方がよろしい。臆病な猫、用心深い猫、人への警戒心が一倍強い猫の場合、家猫としてなじませるには一筋縄にいかない可能性がある。

引き出しをあけて物色する筆者の猫
引き出しをあけて物色する筆者の猫
 手のひらサイズから育てた猫は、長じて交尾とシンナー(サインペンで書かれた文字を必ずなめようと寄ってきては阻止される)が好きな不穏な個性となったが、人間(正確には筆者の母)を親と認識しているような節があり、人になじませるのになんの苦労もなかった。子猫のころから面倒を見ていればその点に心配はないであろう。問題は成長しきった猫である。

 かつて地域猫の面倒を見ていた近所の女性が亡くなり、代わって実家が中心となってその役を担うこととなって以来、さまざまな地域猫が玄関先に顔を出すようになった。

 わが家に餌をもらいにきていた弱々しい佇まいの猫を暴力で追い払っていた気の強い白猫がいて、母に逆に追い回されたりしていたが、この白猫はのちにわが家の飼い猫となった。

 ルックスよろしくなく、毛の生え方の具合で常に眉間にしわが寄っているように見え、口がくさく常に下痢をトイレ周辺にまき散らす猫であったが(長い野良生活がたたっていろいろガタがきていたらしい)、かなりの営業上手と見え、空腹時に目が合うと深く瞬きをしながら小さく口を開けて吐息だけで「ニャー」というのである。

 弱々しいことこの上なく、どこでそんな大げさな芝居を身につけたのかと訝しかったが、この声帯を使わない、死に絶えそうなニャーを武器に近隣の人らからご飯をせしめてきたのかと思われた。


かくしてこの白猫は飼い猫とする前の段階からかなりの人懐っこさだったが、家に上げてから丸3日間、人と新しい環境を警戒してか物陰から出てこなかった。しかし放っておくと4日目から徐々にのびのびし始め、完璧に家猫としてなじんだ。比較的手がかからなかったといえよう。

 のちにレントゲンで後ろ肢の片方にギプス目的の針金が入っていると発覚した、老いた雌のボス猫は往来の真中で脚を広げて毛繕いをするほどの胆力があり、万事泰然としていて、家猫になる前からうちにはただ食事をするためだけに立ち寄っているふうだった。「食事にありつくために最低限のお愛想を振りまいている」といった体で、人懐っこいというよりは、百獣の王気分由来で人への警戒心が薄いようであった。

 この猫も家に上げた当初、若干戸惑ったようではあったがすぐに慣れ、就寝時、誰かの布団に潜り込むくらいの人懐っこさを見せた。

 この2頭は地域猫時代から人に触らせる・なでられることを許していたが、玄関先で遊んだりくねくねしたりするくせにアンタッチャブルな地域猫がいて、これをちょうど2カ月前から実家で飼い始めたところなかなかなじまない。ずっと薄暗い部屋の物陰に潜んで食事の時以外出てこないらしかった。

 この猫を家猫として馴染ませるには難しいかに思えたが、筆者が個人的に敬愛している猫ヘルパーのジャクソン・ギャラクシー氏(以下「猫ヘルパー」)は同様のケースを解決に導いており、希望はあった。猫にはしつけがきかないが、猫の行動パターンや問題行動は人間の接し方次第で変えることが可能である。実家のこの新米猫も、玄関先では触らせはしないが、一緒に遊ぶくらい人間に対して心を開いていたのである。

警戒心が強い保護猫はすぐには家に馴染まない可能性がある
警戒心が強い保護猫はすぐには家に馴染まない可能性がある Photo:PIXTA
 猫ヘルパーが担当した同様のケースは、「おびえている猫に自信を持たせること」に主眼を置いて進められた。猫が隠れそうな物陰をなくし、強制的に猫が出ざるを得ないように仕向けた。その後、物陰から出たスペースで食事や遊びなどを繰り返し、並行して人と過ごす時間を増やしてにおいや存在に慣れさせる。最初こそ荒療治に思えたが、やがてその極度な怯え性の猫は飼い主に穏やかに撫でられるまでになった。

 このケースを参考に実家では施策が進められていて、わずかずつではあるが家の人間の前に姿を現すようになってきているらしい。今後も長い目で見た取り組みが必要そうである。

 このように、警戒心が強い保護猫はすぐには家になじまない可能性がある。飼う決断をする前にある程度触れ合う機会が得られるなら、「触らせてくれるか否か」をひとつのリトマス試験紙にして「家猫としてなじみやすいか」を測ることができる。猫を飼うのが初めてなら、なじみにくい猫はとりわけ大変かと思われるので、断腸の思いで飼わない決断を下すのも選択肢のひとつである。

地域猫を室内飼いすることの賛否
飼うことの責任について
 先に「人が動物の幸せについて考えることは謙虚ではないかもしれない」と書いたが、それでもやはり考えざるを得ない局面は多々としてある。むしろ動物を飼うことは日々これに向き合うことといっても過言ではない。

 実家でも訪れる地域猫を、そのまま地域猫として接するか、家に上げて飼うかは、個々の猫に対してその都度一応検討されている。急に家に閉じ込めて窮屈ではないか。うちに来れば食事にはありつけるし、玄関横にはいまや異臭を放つ小さな庭が猫の共用トイレとして完備されている。食事もトイレも苦労しないなら、外で自由奔放にしていた方がその子にとって幸せではないか。


昨年の夏、人懐っこいがアンタッチャブルな、頻繁に訪れていた地域猫がしばらく姿を見せなくなり、ある日家の車の下でのびているところを発見された。熱中症と思われ、急いで病院に連れていったが、診察台に乗せられる前にすでに事切れていた。

 ちょうど筆者が実家に帰っていたときで、よく来ている猫だったので顔は知っていて、やるせない気分になったが、この猫と仲睦まじかった父は特に悲しんだ。「飼うか否か」をずっと検討し、「飼わない方がいいかも」にやや天秤(てんびん)が傾いた状態で、「いつ保護しようか」とこちらがまごまごしているうちに、この地域猫は健康を害して亡くなったのである。遺体から湧き出てきた大量のノミが心底憎らしく思えてならなかった。

「あの子は野良のまま天寿をまっとうした。家猫になるよりきっとよかった。最期にあいさつがてらうちに来てくれた」と家族は互いを慰め合ったが、はたして猫の真意はわからないし、飼えばよかったのかどうか正解もいまだわからない。

 だが、あの痩せてボロボロになった遺体を思い出し、かつて地域猫でその後、家猫としてすっかりなじんだ猫たちの姿を思い出し、そして家猫に比べた野良猫の寿命の短さを考えると、「もっと早くうちに上げていれば長生きできたかもしれない」と自責せずにはいられないのである(この自責にも「人のエゴではないか」という葛藤が付きまとう)。

 もちろん、そもそも長生きが猫にとって幸せかどうかもわからない。全てが憶測の域を出ない状態で人は愛玩動物と向き合っていかねばならない。人のエゴによって生まれる地域猫ではあるが、これを保護して室内飼いすることもまた人のエゴに違いない。ならばエゴを優先した手前、せめて精一杯その猫に尽くすべきであろうと、およそ自己弁護じみているが、筆者はそのように考えている。

多頭飼いの難しさ
理想と現実
 最後に、既に猫を飼っているが新しく保護猫を迎えようとするような、多頭飼いのケースについて触れておきたい。

住猫と新入り猫が仲良くなるのはレアケース?
先住猫と新入り猫が仲良くなるのはレアケース? Photo:PIXTA
 まず、複数の猫や、猫と犬が抱き合っている写真や動画などをよくネットで見かけるが、あれは夢物語や都市伝説の類いであると筆者は思っている。先住猫と新入り猫というのは、本当に驚くほどなじまない。これは体験談である。

 前提として両者は敵対関係にあり、同じ屋根の下でも互いに無関心で生活するようになればベスト、もし仮に両者が寄り添って寝るくらい仲良くなればあり得ないほどの僥倖(ぎょうこう)、くらいに考えておいた方がいい。子猫や子犬のころから一緒に育てれば仲良くなりやすいらしいが、そうでない限りはほぼ確実にもめる。

 猫は縄張り意識が非常に強く、においによる情報を重要視する。先住猫が自分の城と定めた居住空間に新入りが異物じみたにおいをまき散らしながら入ってくることは、人間にたとえるなら、和室でしっとり俳句を詠んでいたら急にラジカセを担いだパリピ(パーティ・ピープル)が闖入(ちんにゅう)して、破壊的なラップを流し始めるくらいの衝撃であると推測される。

 とはいえ、先住猫と新入り猫をなじませるためのある方法を近年知り、まだ試したことがないのでひょっとしたら実践すれば効果があるかもしれない。それによれば、初対面でいきなり引き合わせるのはNGで、段階を踏んでいくそうである。


まず「同じ屋根の下、部屋を分けてにおいを互いに慣らす(嗅覚)」、次に「新入りをケージに入れて布をかぶせ同じ部屋で過ごさせ、物音を聞かせて慣らす(聴覚)」、その次に「ケージの布を少し上げて互いを見えるようにする(視覚)」、最後に「直接対面させ、互いににおいを嗅がせるなどする(触覚)」と、これを数日間ずつかけてゆっくりと行っていくといいらしい。

猫を飼うなら保護猫をお勧めしたい
猫を飼うなら保護猫をお勧めしたい(似ているけど、筆者の猫ではありません) Photo:DIAMOND
 また、基本的なところで家に設置するトイレの数は「猫の頭数+1」は最低でも用意すべきとされている。猫砂の種類がそれぞれ違うとベターとも聞く。加えて、猫が登れる高くなっている場所(逃げ場)や猫がすばやく移動できる導線(逃げ道)もあった方がよろしい。

 一方がもう一方を追いかけまわしたときのことを想定したものだが、実際に追いかけまわされずともそうした家具の配置は猫のストレスを軽減する。

 再度猫ヘルパーの話になるが、氏は多頭飼いで敵対している猫たちを平穏に過ごさせるために同じ空間で食事をあげたり、追いまわされる方の猫に自信を持たせるべく追いかける方の猫の前でおもちゃを使って遊ぶなどを繰り返し、かくして猫間の悶着(もんちゃく)を解決に導いていた。

 猫様がた各位が平穏に過ごす家など天国に相違ないので、多頭飼いを検討している人はぜひもろもろの施策を試されたい。

「猫最高」である
「猫最高」である Photo:PIXTA
 話題があちらこちらに飛んでしまったが、とどのつまり伝えたかったことといえば「猫最高」である。保護猫はなお最高であり、野良猫を保護する場合は「病院に連れていく」「ノミ取りの薬を施す」「迷い猫の届け出がどこかに出ていないか探す」などの手間が発生するが、それも、これから始まる猫とのめくるめく日々を思えば些末事(さまつじ)である。

 ただでさえ最高なのに、飼えば社会貢献までできてしまうという保護猫であるからして、これはもう飼わない理由がない。猫を飼うならぜひ保護猫を推奨したい次第である。
posted by しっぽ@にゅうす at 08:14 | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする